皆川博子『花の旅 夜の旅』(扶桑社文庫)★★★★

売れない作家・鏡直弘のもとに、花の名所をモデルを使って紹介する『花の旅』というグラビアに添える連作短篇の連載依頼が舞い込んだ。快諾した彼は撮影旅行に同行し、皆川博子ペンネーム(鏡直弘のアナグラム)で連載を開始。平戸と網走の取材は何事もなく終えたが、第三話の取材で訪れた能登でカメラマンの妻が崖から墜死。悲劇は続き、鏡が睡眠剤を服みすぎて亡くなっているのが自宅で発見される。連載を引き継いだ針ヶ尾奈美子は鏡の飼い猫を引き取った際に彼の日記と反故原稿を手に入れ、読みすすむうちに違和感を覚えた彼女は調査を開始した――。
『デリカ』1978年5月号~1979年4月号に連載、講談社文庫版タイトル『奪われた死の物語』。
短篇と作者のノートを交互に配した構成のメタ・ミステリで、皆川博子初期の傑作。
皆川作品が持つ濃厚さが抑えられている(薄められている、と言うべきか)ので、苦手という人にも勧められます。
事件の構図は分かりやすいですが、はっきりしていた虚と実の境界が次第に揺らいでいき、ラストのあの台詞に持って行くのは流石ですね。
扶桑社文庫版の「あとがき」で本作の当初の構想が明かされていて、確かに本にしたら何の意味もない仕掛けですが、実現していたら伝説になっただろうなと思う。

草川隆『個室寝台(コンパートメント)殺人事件』(エイコー・ノベルズ)★★☆

寝台特急〈富士〉の個室寝台で女性の生首が、隅田川で胴体が発見された。被害者は奇術師フー・谷田こと高木徹郎の妻と判明。彼は〈富士〉の個室寝台の乗客の一人で、同じ車輌にいたと知らなかったというが疑わしい。駿河湾で残りの四肢が発見され、召喚しようとした矢先、高木が自宅で服毒死する――。
草川のミステリー第1長編。
寝台特急〈富士〉の事件のトリックは普通すぎるのでもう少し工夫が欲しいところだが、死体切断に必然性を持たせた点は評価できる。ただし、密室トリックの方はダメダメで話にならない(『無縁坂殺人事件』もそうだが、草川は密室殺人には向いていないと思う)。
真相は犯人側の視点から描かれる構成で探偵役と犯人の対決を期待すると肩透かしを食うが、「なぜ共犯者になったのか?」「なぜ両目を抉ったのか?」を説明するためには仕方がないし、この構成により被害者と犯人の格の違いや本作が〝愛の物語〟であることが浮かび上がるので、これで正解だと思う。

購入本

67.天城一日下三蔵=編『天城一の密室犯罪学教程』(宝島社文庫
 →第5回本格ミステリ大賞(評論・研究部門)受賞作、文庫化。

天城一の密室犯罪学教程 (宝島社文庫)

天城一の密室犯罪学教程 (宝島社文庫)

  • 作者:天城 一
  • 発売日: 2020/07/04
  • メディア: 文庫