『ミステリマガジン』2010年9月号を拾い読み

『ミステリマガジン』2010年9月号(No.655)を拾い読み。
ピーター・トレメイン「罪、犯せし者たち」Those That Trespass(初出=マクシム・ジャクボウスキー編“Chronicles of Crime”)
 小さな教会で黄金の十字架と銀の聖餐杯(チャリス)が盗まれ、イボー神父が姿を消した。フェバル神父は彼を追跡し、フィンラグ修道士が森の中で首を吊ったイボー神父を発見する。事態を重く見た大修道院長に派遣された修道女フィデルマが解き明かす事件の真相とは――。「修道女フィデルマ」シリーズの短篇。このシリーズを読むのははじめて。もう少し枚数があった方がいいと思うけど、なかなか面白かった。邦訳されている作品を読んでみよう。
ポール・C・ドハティ「マスケット弾」The Musket Ball(同上)
 数々の悪行で知られる治安判事ヘンリー・トレローニーが、宿泊していた宿で殺された。階段を下りる途中、真正面から額の中央をマスケット弾で撃ち抜かれたのだが、誰も銃声を耳にしておらず、また誰も犯人を目撃していなかった。新任の検視官兼治安判事サー・ピーター・フィルスビィが捜査にあたるが――。ドハティの短篇が邦訳されたのは、これで3編目かな。前半はいい調子できていたのに、後半に入って目が点になった(フィルスビィが探偵役でないだと!)。謎解き物だと思い込んでいた自分が悪いとはいえ、びっくりした。トリックは……まあまあかな。
皆川博子『DILATED TO MEET YOU ―開かせていただき光栄です―』(第1回)
 18世紀のロンドン。聖ジョージ病院外科医ダニエル・バートンは、兄が開設した<ロバート・バートンの解剖教室>で私的な解剖教室を開いていた。本日の屍体は、墓あばきから買い取った妊娠六ヶ月の若い妊婦。解剖をしていると、治安判事直属の犯罪捜査犯人逮捕係―通称ボウ・ストリート・ランナーズ―の手入れが入る。屍体が準男爵チャールズ・ラフヘッド卿の令嬢エレインだったため、取り戻しにきたのだ。屍骸を白布にくるみ秘密部屋に隠して彼らをやり過ごすし、秘密部屋から回収して安心していると、今度は治安判事の助手を務める女性アン=シャーリー・モアが闖入してくる。彼女に白布を見咎められ包みを開けることを求められたがバートンはこれを拒否、アンが助手に命じて治安判事の下へ運ばせようとしていると包みがほどける。中に入っていたのはエレインの屍体ではなく、四肢を切断された見知らぬ少年の屍体だった――。皆川先生の長篇連載がスタート。いつものことながら、キャラクターがとても魅力的。引きも見事で、早く続きが読みたい。
芦辺拓『七人の探偵のための事件』(第4回)
 甘味処でくつろぐレジナルド・ナイジェルソープと平田鶴子は、近くに見える屋敷で人死にがあったことを店のおばちゃんから聞く。二人は本桜(もとざくら)家の屋敷を訪れ、本桜徹平が溺死した浴場を妻の照世(はるよてるよ)に見せてもらう。また、息子の徹太からは、身内で変死した者がいると聞く。それは、共同浴場の小火から逃げ裏山の崖から転落死したキューピーさんのことだった。一方、森江春策は青年団員に田んぼ事件で使われたトリックを解説し、容疑者の条件に当てはまる人物に心当たりがあるか尋ねる。青年たちはある男に思い至るのだが――。事件のトリックが解かれつつもややこしい事態で、俄然面白くなってきました。キューピーさん事件はともかく、田んぼ事件と風呂場溺死事件のトリックはシンプルすぎて参った。いやぁ、犯人の涙ぐましい努力を思うと泣けてきますよ(笑)。ややこしい事態の全貌はまだ見えないけれど、現時点では門前典之『死の命題(屍の命題)』(これ以外にも作例はあるけど)のバリエーションになりそうな感じですな。ところで、獅子堂警部補や未着の3人はいつ活躍するんでしょうか。
高橋葉介「モンスター・メイカー」
 顔のない女の今回の標的は、引退した殺し屋“モンスター・メイカー”――。連載漫画『顔のない女』第九話。オチがシュール。
石上三登志「トーキョー・ミステリ・スクール」第9回。長篇映画の短篇映画化の話、原作小説としての怪奇物との幸運な出会いの話、ハマー・プロ作品の話。
安井俊夫「建築視線」第3回カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』について。
紀田順一郎「幻島はるかなり〈翻訳ミステリ回想録〉」第9回。二十代前半のピンチを救ってくれた人たちのこと。
あと、今月号からレビュー(書評・海外ミステリ・映像)がリニューアルしていた。

ミステリマガジン 2010年 09月号 [雑誌]

ミステリマガジン 2010年 09月号 [雑誌]

白い僧院の殺人 (創元推理文庫 119-3)

白い僧院の殺人 (創元推理文庫 119-3)