芦辺拓『奇譚を売る店』(光文社)★★★★

“――また買ってしまった。”からはじまる六つの古書怪異譚を収録した、芦部先生初の怪奇幻想連作集(初の怪奇幻想短篇集と紹介しようと思っていましたが、『探偵と怪人のいるホテル』がありましたね)。全作発表時に読んでいましたが、こんなに薄い本になるとは思っていませんでした(芦辺初の「薄い本」であるます、とリプライをいただきました/笑)。
以下、収録作のあらすじとメモ。
「帝都脳病院入院案内」(初出=『小説宝石』2011年10月号)
 私は古本屋で『帝都脳病院入院案内』という冊子を買った。一読後、何かに突き上げられるような思いにかられ、帝都脳病院のジオラマを作った。冊子の写真の“影なき男”とそっくりな矮人(こびと)をジオラマの中に目撃し、彼に見覚えがあることに気付いた私は実家から古いアルバムを取り寄せる――。
 本格ミステリの素材を幻視で味付けした作品。看破が容易な真相(超有名な物語を補助材として取り込むとは!)の見せ方がいいですね。秘された物語が牙を剥くラストはよくある展開とはいえゾクッとする。
「這い寄る影」(初出=『小説宝石』2011年12月号)
 私は古本屋で『這い寄る影』と題された手製本を買った。知られざる作家の、忘れ去られた作品群をまとめたこの世に一冊きりの作品集をわき立つ思いで読んだが、とんだ失望ものだった。それからしばらくして、思いがけず私はこの本の著者の消息と出くわす――。
 伝染する業(ごう)を描いた怪談。同人誌のインタビュー記事の痛々さが強烈。
「こちらX探偵局/怪人幽鬼博士の巻」(初出=『小説宝石』2012年10月号)
 私は古本屋で少年漫画誌「月刊少年宝石」を数冊買った。たまたま読み、続きがずいぶん気になりながらもそれっきりになってしまった『こちらX探偵局』の「怪人幽鬼博士の巻」が掲載されたバックナンバーだ。ある日、少女から課外学習の一環としてのインタビューを受けた私は、持参した「月刊少年宝石」を見せる――。
 「中途半端な形で終わらざるを得なかった物語」の物語。初読時、私の正体にとても驚きました。意図的ではないのだろうけど、前2篇の「私」のことが頭にあるとねぇ……。
「青髯城殺人事件 映画化関係綴」(初出=『小説宝石』2012年12月号)
 私は古本屋で『青髯城殺人事件 映画化関係綴』と題された資料を買った。本やディスクの形になっていないものは収集しないことにしているが、戦前二大奇書のひとつ『青髯城殺人事件』映画化の資料とあってはタブーを破らせるに十分である。ある日、わけあって都下の映画撮影所を訪ねた私は、ある人物を目撃し衝撃を受ける――。
 目の前に堂々と晒されていると気付かない。初読時、あの人物の本当の名前(でいいのかな?)に「やられた!」と口惜しい思いをしました。このタイプの仕掛けは結構作例があるのに、どうして気付かなかったんだ……。
「時の劇場・前後篇」(初出=『小説宝石』2013年3月号)
 ストーカーから逃げるために入った古本屋で、『時の劇場・前後篇』を発見した私。店の奥へ逃げ込んでいる間に後篇が棚から消え、仕方なく前篇だけを買うはめになる。前篇を読みふけり、私の一族を描いたモデル小説では? との疑問が芽生え、後篇を読みたい気持ちがつのった私は後篇探しに熱中する――。
 ブラックなラストにニンマリ。ネットオークションの入札合戦はあるある過ぎます(笑)。
「奇譚を売る店」(初出=『小説宝石』2013年5月号)
 カチャ、カチャ……。立ち寄った古本屋の主人は和文タイプライターを打っていた。私はこの店で『奇譚を売る店』という奇妙な小説を買う。この本がどのようにして作られたのか気になり、私は再び古本屋へ向かった――。
 衝撃と驚愕の最終話。どす黒い怨念が不条理な世界に飲み込まれる様は圧巻。
デビュー時から一貫して物語にこだわってきた作者が描く、物語が持ついろいろな顔。物語の魔手は作中の「私」たちだけではなく私にも忍び寄り、私は物語の一部になる……。
巻末恒例の「あとがき――あるいは好事家のためのノート」がない(初めてですよね?)ことが不思議でしたが、読後に納得。「あとがき」を入れると台無しになってしまうものなぁ。文庫化の際に解説が付くだろうけど、この雰囲気・仕掛けをぶち壊しかねないのでない方がいいかも知れない……余計なお世話ですが。
凝った造本までもが物語に奉仕する、とても素晴らしい怪奇幻想作品集です。お薦め。

奇譚を売る店

奇譚を売る店