深谷忠記『我が子を殺した男』(光文社文庫)★★★

第二短編集『男+女=殺人』(実業之日本社)からの4編に、書下ろしの表題作を収録した第四短篇集。
「欲と毒」(初出=『週刊小説』1996年12月6日号/『男+女=殺人』収録)
 堂本満男は大須賀真由子とともに、妻・奈美と真由子の夫・健二を無理心中に見せかけて毒殺する計画を実行に移した。アリバイ工作のため甲府市へ向かう彼は、証拠の処分をまかせた真由子を八王子インターチェンジで降ろすため車を走らせる――。
 皮肉な結末が待ち受ける倒叙ミステリ。途中でラストの予想がつくのが難だが、コンパクトに纏まっていると思う。関西テレビの1時間サスペンスドラマ向き。
「階上のピアノ」(初出=『小説non』1989年9月号/『男+女=殺人』収録)
 推理作家志望の足利五郎は、上の部屋のピアノの音に悩まされていた。弾いているのは、部屋を事務所に使っている政治評論家・寺坂始。抗議しても聞き入れられずノイローゼになっていた彼は管理人から一つの情報を得て、脳裏にある計画が浮かぶ。推理作家・渡俊三は、同郷会で知り合った五郎をいいように使っていた。ヨーロッパ旅行から帰ってきた彼は、五郎から寺坂が殺されたと聞き、事件を推理する――。
(ネタを割っている部分は背景と同色にしています)
 「足利五郎の計画」「渡俊三の推理」の2部構成からなる短編。本格として見た場合アンフェアだが、意趣返し物としてはよくできていると思う。ラストで壮&美緒シリーズと同一世界であると分かるファンサービスがありニヤリ。関西テレビの1時間サスペンスドラマ向き(その2)。
 なお、本作は「雨の会」のアンソロジー『ミステリーが好き』にも収録されています。
「居眠り刑事」(原題「落ちていた手帳」/初出=『別冊小説宝石』1990年9月号/『男+女=殺人』収録)
 芝田ヒロミの部屋で、秋本良次が絞殺された。武蔵野東署の宮本と稲葉の両刑事は、被害者の名前に覚えがあった。というのも、半月ほど前に女子大生が拾った手帳にその名が書かれていたからで、それには殺人を仄めかすメモが書かれていた――。
 本格派刑事小説。犯人の分かりやすさは仕方がないが、逆転の発想で一気に解決に持っていく流れがいい。稲葉部長刑事のキャラクターもよく、シリーズ化されなかったのが残念でならない。
「武蔵が教えた」(初出=『週刊小説』1994年11月25日号/『男+女=殺人』収録)
 田所美保子は元恋人で亡夫・一馬の教え子でもある作家の清水英史から、詩画集の出版祝いをしたいとの電話を受ける。九ヵ月前、彼女は作家だった夫をこれまで誰にも見せたことがないという夫の創作ノートに書かれていた方法で殺害する計画を実行に移し、清水に容疑がかかるよう仕向けていた。呼び出した意図に不安を覚えつつ、美保子は清水と会う――。
 タイトルはイマイチだが、カットバックが上手く使われている深谷短編の上位作。ある言葉に対する“気付き”から、一気に真相へ辿り着く流れが見事で、ラストもいい。関西テレビの1時間サスペンスドラマ向き(その3)。
「我が子を殺した男」(書下ろし)
 八年前、島内睦夫は息子・亮太を金属バットで殴り殺した。家庭内暴力に苦しんだ末の犯行だった。そして現在、島内家で再び事件が起きる。睦夫が妻・晴美を扼め殺そうとした強盗を刺殺したのだ。班長時代に八年前の事件を担当した武蔵大和署刑事課強行犯盗犯係長・樫村は二人の様子と供述を怪しみ、自身の家庭問題に悩みつつ事件の真相に迫る――。
 本格派刑事小説。事件の構図はすぐに見当がつくし、タイトルもイマイチだなぁと思っていました……最終章を読むまでは。ある秘密が明かされタイトルに込められた真意が分かるとともに、家族の悲哀が浮かび上がる構成が見事。深谷短編の最高作(当然ながら、本集のベスト)。
深谷忠記は短編巧者ではないが、水準をクリアしているものが多い。本書の収録作は全て手堅い出来で突出したものはないが、表題作が深谷短編の最高作だったので読んでよかった。
今回再録されなかった『男+女=殺人』収録の4編も文庫で読めるようになるといいなぁ。

我が子を殺した男 (光文社文庫)

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男+女=殺人

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ミステリーが好き (講談社文庫)

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