深谷忠記『ゼロの誘拐』(徳間文庫)★★★★

進学塾「栄冠セミナー」に通う中学二年生の近藤美知江が帰宅中行方不明になり、三日後、多摩川の河川敷で遺体となって発見された。昨年、同様の手口の連続少女誘拐未遂及び殺人事件が起きており、警察は同一犯の犯行と断定。事件発生直後から栄冠セミナー院長・木暮彰の家に彼を非難するの電話がかかるようになり、木暮の妻・圭子は不安に苛まれていた。「おまえたちの子供もいずれ同じ目にあう」という予告めいた電話から二日後、お手伝いの田川広美と散歩していた娘の由香が一橋大構内で誘拐され、犯人から「命の保証期間は五日間・目的が遂げられれば娘は帰す・警察に連絡するな」と電話が。圭子と広美の様子を聞きつけた警官の報告で誘拐が発生したと推測した警察は、二人を説得して捜査に着手する。三千万円を要求した犯人は警察の隙を突く方法で金を奪うが、由香を解放しない。密かに犯人から別の要求をされていた木暮は、単独で犯人を追う――。
1987年10月刊の『東大・一橋大 ゼロの誘拐』を改題・文庫化。
〈序〉で“実験”を行っていること、犯人の真の罪状を明かしているが、見抜くのは一寸難しいかも知れない。スピーディーな場面転換でサスペンスを盛り上げるとともに犯人と事件の構図を上手く隠しており、“実験”に不備がなくフェアプレイに徹していることは読み返してみるとよく分かる。
この年、深谷が発表した長編6作のうち本作を含む3作が単発作。その中でも本作は『南房総・殺人ライン』(『房総・武蔵野殺人ライン』)に次ぐ出来だと思う。また、単発作3作には『運命の塔』(1994年5月刊)以降の単発作での社会派+本格路線の萌芽が見られ、どれもが良作なので〈壮&美緒シリーズ〉ともども読んでみてほしい。
(再読)