西村京太郎『赤い帆船(クルーザー)』(角川文庫)★★★★★

単独無寄港(ノンストップ)世界一周に成功した現代の英雄、内田洋一がスポーツカーを運転中に劇的な死を遂げる。事故死と思われたが、解剖中、皮膚に青酸死特有の反応が認められたため、警視庁捜査一課の十津川警部補は捜査一課長の密命を受け捜査を開始。内田が愛飲していた精力剤に青酸カリ入りのカプセルが混入していたことが分かり、十津川は殺人と確信する。傲慢な内田を恨んでいたヨット仲間は多かったがその線は消え、容疑者は世界一周に疑惑が生じたことから丸栄物産海洋レジャー部門部長の大野、生命保険金三千万円を受け取る妻の亜矢子の2人に絞られたが、相次いでタヒチで殺される。事件の見方を変えた十津川は3人に恨みを持つ村上邦夫が犯人と睨むが、彼には「東京―タヒチ間六〇〇〇マイルレース」に出場していたという鉄壁のアリバイがあった――。
西村の20冊目の著書で、「十津川省三シリーズ」第1長編。1973年8月刊。
スケールの大きい、アリバイ崩し物の傑作。
十津川が見破れなかった内田殺しのトリックは盲点を突いたもので、ある人物の狙いが後に牙をむく展開が面白い。松本清張「火と汐」(『オール讀物』1967年11月号/同題中編集[1968年7月刊]収録)のネタバレは目くらましに作用しているので個人的には許せるが、未読の方は要注意。タヒチの事件では米軍をアリバイの証人にするという発想が凄く、これを支えるゴムボートのトリックと見破るポイントが上手く決まっている。アリバイ証人に関しては、終盤に浮上する人物の扱いも上手く、不発に終わったものの「ここまでやるか」と感心した。
トリックを巧緻に組んだ本作は、傑作ひしめく七十年代京太郎作品の中でもベスト5に入る作品だろう。
なお、十津川登場の海洋物は本作以降も『消えたタンカー』(1975年4月刊)『消えた乗組員(クルー)』(1976年5月刊)『発信人は死者』(1977年11月)『炎の墓標』(1978年2月刊)と傑作・秀作が発表されており、いずれもオススメ。
(再読)

赤い帆船(クルーザー) (光文社文庫)

赤い帆船(クルーザー) (光文社文庫)