笹沢左保『直飛脚疾る』(光文社時代小説文庫)★★★

笹沢左保、300冊目の単行本『一千キロ、剣が疾る』(1990年10月刊)の改題文庫化。『小説宝石』掲載の5篇(1980年連載)に書下ろしを加えた全6篇を収録。
直飛脚――十一代将軍家斉の信書(密書)を定められた刻限までに目的地に届ける武士たち。彼らは失敗や大事故が起きた場合はその場で切腹しなければならない。白井流手裏剣術の達人・秋元炎九郎、甲源一刀流免許皆伝・本荘錦之介、短槍(手槍)の名手・太田又兵衛の三人は、今宵も一命を賭して任務にあたる。
「火刑」
 三人の初仕事は、松平侍従斉政(池田斉政)が参勤交代のために備前岡山を出立する前に信書を届けること。城下まであと二里(約8キロ)という地点で三人は池田藩士の襲撃にあう――。
 第一話ということもあり、キャラクター紹介の趣きが強い一編。道中での苦い出来事は、笹沢作品らしさがある。襲撃の理由や届けてからの展開に見るべき点もあるが、枚数不足の感は拭えない。
「茶壺非情」
 寛政二年五月半ば、老中・松平越中守定信の行列に駕籠訴をした小石川富坂新町の小間物商『前川屋』の奉公人・小助が遠島になった。彼が駕籠訴に及んだのは、二年前に父親と弟二人が御茶壺道中の三人衆のうちの二人に無礼討ちされた件を目安箱に訴状を投げ入れ続けていたが取り上げられなかったためだと、太田又兵衛は妹・志奈から聞く。五月末、三人は信州上の諏訪の高島城へ信書を届けるよう命じられる。奇しくも、御茶壺行列が諏訪へとさしかかる頃合いだった――。
 太田又兵衛メイン回。ストレートな娯楽時代劇。
「肩の涙」
 寛政二年七月三日の夜、深川芸者・菊一が自身番で自害した。彼女に貢ぐため犯行に及んでいたと盗賊・助六が自白し、同心はその金品を好きな男に貢いでいたのではと考え厳しく取り調べ男の名を聞き出そうとしたが彼女は否定し続け、同心が一服している隙に舌を噛みきったのだ。菊一の恋人である秋元炎九郎は彼女の小女・お梅から死を聞かされ通夜に出てほしいと頼まれるが、役目の呼び出しがかかっていたため断る。今回、三人が向かうのは羽州の米沢。炎九郎は死んだ菊一のことを思い出しながら米沢へ向けて走る――。
 秋元炎九郎メイン回。道中の出来事がピタッと繋がり、一本取られた(伏線がないに等しいためアンフェアだが、本格ではないのでよし)。普段クールに振る舞っている炎九郎の別の一面を描くことが終盤の決断に繋がり、ラストがとてもいいものになっている。
「師の影を踏む」
 寛政二年九月半ば、お役目に備えて寝ていた本荘錦之介は剣の師である浜田北斗斎義兼の娘・静香の淫らな夢を見た。今回、三人が向かうのは尾州名古屋。遠州東海道筋で田沼家の旧臣が不穏な動きを見せているらしい。箱根の山中で三人は若い女に呼び止められる。それは静香だった――。
 本荘錦之介メイン回。武士らしくあろうとする錦之介に突きつけられた試練を描いた一本。
「盗賊に燃えた」
 寛政三年、秋。二ヵ月間、お役目がなく、本荘錦之介は熱病で寝込んでいた。秋元炎九郎と太田又兵衛は鍛錬のため、深夜の江戸市中を疾走することにした。六日目の夜、二人は押し込みに遭遇する――。
 シリーズの定型を外したエピソード。予想のつく展開だが、悪くない。
「北国に消える」
 寛政五年六月二日。今回の目的地は蝦夷松前、期限は八日。不吉な夢を見た又兵衛が「最後のご奉公になるやもしれぬ」と不吉なことを言うなか、三人は疾走する――。
 最終話。主人公たちの末路に笹沢時代小説らしさがある。

一千キロ、剣が疾る (カッパ・ノベルス)

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