昭和8年から平成29年まで、阪堺電車で働く人々や沿線住人が遭遇した事件を描いた連作集。
プロローグ――平成二十九年三月――
阪堺電気軌道で85年運用されてきた現役最古のモ161形177号電車は、過去の出来事を回想する――。
第一章「二階の手拭い――昭和八年四月――」
塚西の質屋・松田屋の二階の欄干に干してある白い手拭いに目をとめた車掌の辻原。7日後、手拭いが柄物に変わっているのに気付き、塚西で降りた若い男がそれを見て頷き店の裏口に入っていくのを目撃した。半月後、欄干に赤い手拭いが干されているのを目撃し、何かが起きると予感する――。
話の転がし方が上手い。辻原が手拭いの変化に敏感だった理由にニヤリとする。
第二章「防空壕に入らない女――昭和二十年六月――」
学徒動員で運転士になった井ノ口雛子。空襲警報が鳴ったため北畠で停車し、乗客たちと寺の防空壕に向かった。一人の若い女性が防空壕に入らず呆然とした様子で立ちすくみ、身を翻して駆けだした。彼女を追った雛子は墓地で閉所恐怖症になった原因を聞く――。
主要キャラクター、雛子が登場。防空壕に入れない理由は、納得のいくものだったが……(「二十五年目の再会」に続く)。
第三章「財布とコロッケ――昭和三十四年九月――」
榎本章一は密かに想いを寄せる女性が財布を落とすのを目撃した。拾って返すのを口実に親しくなろうと考えたが、小学生に拾われてしまう。翌日、その小学生・池山典郎に財布を返したのか訊くが、彼に「拾っていない」と白を切られる――。
本連作の特徴である「登場人物の成長・繋がり」が発揮された一本。
第四章「二十五年目の再会――昭和四十五年五月――」
天王寺駅前の横断歩道で誰かに見られていると感じた中崎信子は、横断歩道を渡り切り百貨店の前を通ったところで中年女性に声をかけられた。その女性は、25年前に乗った電車の運転士だった――。
「防空壕に入らない女」の続編。指摘されるまで、「防空壕――」の理由の穴に気付かなかった。
第五章「宴の終わりは幽霊電車――平成三年五月――」
阿倍野のクラブのホステス・アユミは入ってきた客の顔を見て表情を変えた。その男―不動産業者の相澤は、彼女の父を騙して家族を崩壊させた男だった。アユミは同僚のナツキから彼が帝塚山で大きな仕事をしていると聞く――。
コンゲームを期待したが、この枚数の短篇では無理だよなぁ。残念。
第六章「鉄チャンとパパラッチのポルカ――平成二十四年七月――」
東京の大学に通う撮り鉄(鉄チャン)の永野幸平は、現役最古の電車となった阪堺電気軌道モ161形を撮るため始発が来るのを待っていた。パパラッチの勝間田康昭は、大阪旭テレビの女子アナ・山田彩華のスキャンダルの決定的瞬間を撮影するため徹夜で見張っていた。そこに、もうひとり男の姿が――。
撮り鉄ならではの推理が面白い。一件落着した後の展開に驚いた。
エピローグ ――平成二十九年八月――
廃車になった177号が目を開けると、そこは――。
綺麗な物語の締め括り方です。
第6回(2018年)大阪ほんま本大賞受賞作。
「日常の謎」仕立ての人情噺6編をプロローグとエピローグで挟んだ構成となっている。登場人物たちが成長・緩やかに繋がっていき、エピローグでの物語の畳み方が上手い。ガチガチのミステリーを期待する方には合わないと思うが、人情噺が好きな方は手に取ってみてはいかがだろうか。
- 作者: 山本巧次,佐久間真人
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/09/21
- メディア: 文庫
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