倉阪鬼一郎『ぬりかべ同心判じ控』(幻冬舎時代小説文庫)★★★

「ぬりかべ同心」こと北町奉行所定廻り同心・甘沼大八郎が怪事件・難事件のからくりを解く、クラニーの正統派捕物帳第2作。
第一話「仏罰の鳥を追え」
 駒込の法界寺で秘仏が御開帳され、住職の榮心和尚が「行いを正しくせねば、仏罰が下る」と説法した直後、倒れてきた大仏に押しつぶされて死に、弟子の榮明は心の臓に差し込みを起こして死んだ。半年後、新しい住職が御開帳を行い、美濃屋のあるじ・梅吉が仏罰の鳥を見て心の臓に差し込みを起こして死ぬ――。
 仏罰の鳥のトリックは失笑ものだが、トリックに使った“ある物”を入念に準備し研究した所に馬鹿馬鹿しさと狂気がある。その“ある物”が明らかになる68・69ページの禍々しさ(絶対にページをパラパラしないように注意!)と、それを活かしたラストのやり取りに倉阪作品らしさが出ていて良い。
第二話「すれ違う絵馬」
 京やのおかみ・おすみが毒を盛られて死んだ。入り婿の巳之吉が怪しいが、彼には大山に詣でていたという「居らずの証」があった。彼が手先に使えそうな人物の中に近江屋のおちさの名を見付けた甘沼同心の手下でかわら版屋の玉造は、谷中の心証寺(絵馬寺)の絵馬でその名を見たことを思い出す――。
 「交換殺人+暗号」テーマの一本。暗号は盲点を突いたシンプルな作りで、面白い。解決後の展開は好みが分かれるところだが、私は好きだ。
第三話「消えた福助
 押し込んだ家に判じ物を残す盗賊・判じ物の富こと富吉が福助堂に押し込んだ。あたりいちめん血の海で、福助堂夫婦の死体はなかった。いままで殺しに手を染めなかった富吉が宗旨替えをしたこと、残された判じ物のつくり方が違うことから甘沼同心は疑問を持つ――。
 真相は誰もが予想できる平凡なものだが、本作の凄い所は、この真相を大胆に明かしていることだ。何かあるとは思ったのだが、全く見抜けなかった。口惜しい。
第四話「空飛ぶ寿老人」
 いじめまがいのことを繰り返していた院郷部屋の親方とおかみが、ありえないような成り行きで頓死した。それは「大川に屋根船を出してしっぽりやっていたら、寿老人が飛んできて親方のの頭をたたき割り、日ごろから寿老人を怖がっていたおかみは心の臓に差し込みを起こして死んだ」というもの。部屋に所属する力士・床山・行司が大川端で稽古していたが、彼らと屋根船の間に船が一艘あり、泳いで渡って親方を殺すのは不可能だった――。
 「仏罰の鳥を追え」同様、バカトリックが炸裂。このトリックを成立させるための工作が笑える。
第五話「最後の大奇術」
 浅草奥山に大奇術師・道灌山大奇斎の最後の舞台を妻子と見に来た甘沼同心。刷り物の口上の判じ物を見抜いたぬりかべ同心は迷う――。
 判じ物は分かりやすいし、何が行われたかもバレバレだが、アレの処理と周到な工作が上手い。何よりも、大奇術師の決意のやりきれなさといったら……。

カトリックと折句が楽しめる連作で、「仏罰の鳥を追え」「最後の大奇術」の2編が双璧だが、残り3編もよく出来ている。続編が出たら読みたい。