『トリックより他に神はなし 芦辺拓華甲記念文集』(芦辺拓記念誌製作委員会)

還暦を記念して製作された同人誌で、エッセイ・未発表小説・雑誌扉絵挿絵ギャラリー・漫画・評論・イラスト・全作品レビューと盛り沢山。

巻頭カラー掲載の「芦辺ワールド 主要人物関連の図」(絵:えのころ工房)は、森江春策をはじめとする芦辺作品でお馴染みのキャラクターたちが一堂に会した人物相関図。芦辺ワールドの住人達の関係が上手く纏められていて最高。
(支倉警部の宿敵〝知性を備えた野獣〟こと小野瀬一雄も描いてほしかったというのは望み過ぎかな)

「芦辺さんと私」は、辻真先眉村卓・堀晃・朝松健・有栖川有栖井上雅彦ら22名が寄稿したエッセイ。二階堂先生も寄稿していますよ!

1975年に執筆された「彷徨座事件」は、滝儀一警部補シリーズの中編(同シリーズは他に「アリバイの盗聴」「抛物線殺人事件」の2編があり、『別冊シャレード82号 芦辺拓特集3』に掲載)。
アングラ劇団「彷徨座」の公演中、舞台上で女優が殺された。現場に居合わせた北海道警の林大介警部は団員を勾留して取調べるが、捜査は難航。阿久警視の命を受け、全国公演に出た劇団を追跡する林警部は青森で浦地刑事と合流。十和田湖畔での公演は無事終了するが、次の公演先・盛岡で悲劇が――というストーリー。
既に作風が完成していて驚きました。
札幌の事件のトリックはシンプルかつ状況に上手く溶け込んだ方法で上手いし、盛岡の事件のものは現実的には無理がある(雨で完全に消えるものではないでしょう)がこちらもシンプルなもので、どちらも好み。捜査の過程でフォーカスされるある人物の行動原理は「わかるか、そんなもん!」というものだけど、アリバイ崩し風の解明も含めて面白かった。

雑誌扉絵挿絵ギャラリーは、『七人の探偵のための事件』『少女探偵は帝都を駆ける』『彼女らは雪の迷宮に』『スチームオペラ』『少年は探偵を夢見る 森江春策クロニクル』の雑誌掲載時のイラストを収録。藤田香さんのイラスト再録に涙。

獅子神タロー「芦辺氏の奇天烈な日常」は、殺人喜劇王を追う芦辺先生が芦辺ワールドに迷い込み――というストーリーの漫画。ラストが素晴らしい!

評論は、飯城勇三「世界による奇蹟 芦辺拓――『奇蹟を解く男たち』より」児童書読書日記「ジュヴナイルミステリ作家としての芦辺拓杉山淳「『スチームオペラ』をめぐって」谷口雅美芦辺拓の『恋文』――大阪ミステリ論」三田主水「芦辺拓は時代伝奇小説家である。」遊井かなめ「芦辺のギミック、芦辺の違和感」といずれも読み応えのある力作揃い。その中でも、自分が思っていたことが見事に言語化されていた「世界による奇蹟 芦辺拓」、後半の指摘にハッとした「芦辺のギミック、芦辺の違和感」が私的ツートップ。

えのころ工房「脳内アニメ化設定資料『殺人喜劇の13人』」はタイトル通りの内容。森江春策が可愛すぎる(笑)。

玉川重機「草子ブックガイド特別編 『紅楼夢の殺人』」は、原典を絡めつつ『紅楼夢の殺人』を紹介したレビュー。原典ともども再読したくなりました(その前にいろいろ読まないといけないものが山積状態だけど……)。

ラストの芦辺拓全作品レビュー」(真中耕平・お玉・三田主水)は、各評者の特徴(視点)がよく出ている見事なレビュー集。

記念文集の名にふさわしい内容で、(自分が鈍感だったせいで)参加できなかったのが悔やまれます。次があれば参加したいですね。