上田廣『駅猫 鉄道推理短編集』(大正出版)★★★☆

火野葦平らと戦中文学で脚光を浴び、兵隊小説・鉄道小説・鉄道史伝を執筆、国鉄本社総裁室修史課嘱託として『日本国有鉄道百年史』の編纂にあたった上田廣(本名:浜田昇。1905年6月18日~1966年2月27日)による鉄道ミステリ連作集。

「闇服」
 出勤したわたし(水野)は、北山機関助士が自宅で服毒自殺を図ったと聞き、驚いた。自殺の原因は、前日に蒸気不昇騰が原因で貨物列車に四十分の遅れを出す事故を起こし、あと半月ほどで受けるはずだった運転無事故の表彰をふいにしたのを責任に感じてのものと思われた。彼の自殺を知り、倉橋機関士も自殺を図る。警察は自殺として処理したが、わたしは北山が殺されたのではないかと考え、捜査を開始した――。
 意外な犯人と動機が明かされる佳作。詰め手に後出しの情報があるのが残念。
「炎の動機」
 私鉄白銀鉄道で貨物ディーゼル車(単五〇一)が地雷で爆破されて脱線し、人見運転士が死亡した。現場には、三ヵ月ほど前に息子が起こした線路妨害事件の損害賠償1500万円を請求されている田野よしへの要求を撤回せよという紙片が残されていた。刑事たちが彼女の弟の平方八郎の行方を追うなか、養警部補はある男に注目する――。
 犯人が地雷を使った背景から因縁と悲恋が浮かび上がる秀作。ある人物に関する伏線の張り方に舌を巻いた。
「水の柱」
 「雲野川鉄橋を通過中の列車から転落して溺死した梅津工業社長・梅津定吉は女に殺されたのではないか」という投書が花山警察署長に届いた。送り主はその列車に乗務していた河合車掌。課長の命を受け再捜査を開始した坪田刑事は、倉内商事社長・倉内明治が行方不明であることを掴む。一方、河合車掌も仕事の合間を縫って女の捜索をしていた――。
 収録作の中で出来が一番劣る作品だが、構成の妙で読ませる。トンデモない殺害方法と陳腐な動機の落差……(笑)。
「駅猫」
 国鉄台栄線の終着駅である栄駅で飼われていた黒猫が臨時廻送の貨物列車の中に捨てられた。翌日、椎駅の西北方にある小松山で女性の絞殺死体が発見された。被害者は美田駅前で運送店を営む安田健作の妻の春枝と判明。遺体からは石油の匂いがしていた。香川刑事は被害者が椎駅に到着後すぐに美田駅へ鉄道電話をかけていたこと、かつて黒崎金物店の当主・黒崎順三が横恋慕していたことを掴む――。
 アリバイ崩しものの秀作。倒叙形式にしてもよかったかもしれない。
「夜の触手」
 十二月二十日、午後九時千葉駅始発の房総東線勝浦行の終列車に乗務した村松啓吉は発車二十分前、勝浦に行くという黒オーバーの男から頼まれ彼の病妻のために席をとってあげた。三日後、村松は県警捜査一課の杉浦刑事から二十日の夜に誉田で起きた高利貸しの織田かつ殺しで聞きたいことがあると訪問を受ける。織田家には幸三・澄江の夫婦養子があり、村松は二人のアリバイ証人だったのだ。さらに六日後、誉田の山中でかつの夫・甚兵衛の溢死体が発見され、警察は彼の犯行と判断したが納得のいかない村松は捜査を開始した――。
 ※ネタバレ箇所を背景と同色にしています。
 本作もアリバイ崩しもの。基本トリックの組み合わせで独創性はないが、手堅く仕上げられている。ある描写から入れ替わりトリックが使われていると考えたが、考えすぎだった。
「梨と柿」
 南山鉄道で豊栄市に行く鬼山景八は、千田駅で南山鉄道経理課員の遠藤正夫と出くわす。給料を派手払いするため多額の現金を所持する遠藤は一等車に、就職面接に行く鬼山は二等車に乗り込んだ。豊栄駅に遠藤が現れないことを不審に思った駅員が線路沿いを調べるとトンネルで遠藤の刺殺体を発見、カバンに金はなかった。一等車から半分ばかり皮がむかれた梨が見つかるがナイフはなく、警察は顔見知りの人物に梨を出そうとしてナイフを奪われ殺されたと推理。本木刑事の訪問を受けた鬼山は殺人容疑をかけられていると感じ、捜査を開始した――。
 タイトルにある梨と柿が事件を解く鍵になっている作品。論理的な推理とはいえないが、説得力はある。被害者に関する情報の伏線が冒頭にさりげなく張られていて、センスのよさを改めて感じた。

本書は昭和39~40年にかけて『交通新聞』に『鉄のアルバム』のタイトルで連載された連作全6話を収録した短編集。表題作が鮎川哲也編『鉄道ミステリ傑作選』(87年12月)に採録された際に「秀作揃いの作品集」と紹介されたのでご存知の方もいるだろう。
6編のうち本格ミステリは2編(「駅猫」「夜の触手」)と少ないもののミステリーのツボを押さえた滋味あふれる作品揃いで、とても面白い。
解説に何も書かれていないのでこの連作を書くことになった経緯は分からないが、各編のクオリティの高さから考えると、上田はミステリーファンだったのか、もしくはかなり研究したと思われる。
「秀作揃いの作品集」というのは褒めすぎと思うが、好作揃いの作品集であるのは間違いない。お薦めの一冊。