津村秀介『時間の風蝕』(集英社文庫)★★★

十月一日、新横浜のホテル・モリシャス。黒いスーツの女は強い西風の向こう側からやってきた。三十分後、女はホテルを去り、三〇六号室に男の毒殺死体が残されていた。被害者は宿泊カードから杉野康則と思われたが、彼の代理で女と会うことになっていた小玉二郎だった。女は〝こだま269号〟に乗り三島で降りたことまで分かったがその後の消息は不明、小玉の詳しい素性も不明で捜査は難航。似顔絵から女が高級クラブのホステス・桂木みゆきと判明した矢先に彼女の服毒死体が三島のビル建築現場で発見されたと連絡が入り、捜査本部は殺人と考える。小玉が指名手配中の窃盗犯・原田富夫であったことが分かるも、謎はさらに深まる――。
「こだま269号から消えた女」の副題が付されることもある、津村の第2長編。第3長編『黒い流域』と並び、最多の7回刊行されている。1983年2月刊。
本作は『真夜中の死者』〔93年7月〕収録の「美貌という名の仮面」を長編化したものだが、黒いスーツの女がホテルを去った後に部屋で死体が発見されること以外は全くの別物。
メイントリックは類例があるものの大きな賭けに出たもので、このジャンルにつきまとうツッコミへの津村流の回答とも受け取れる。
冒頭第一行目の三字目からトリックの肝となるものに触れる大胆さと効果的に謎を小出しにする手腕が上手く嵌まっており(津村作品を読んだことのある人なら分かると思うが、かなり珍しいことだ)、佳作と言っていいだろう。
(再読)