日下圭介『女怪盗が盗まれた』(光文社文庫)★★★☆

文庫オリジナル短編集。7編収録。
「正直なうそつき」(初出=『小説推理』1976年4月号)
 昭和二十年七月七日、千葉県某所の工事現場で殺人事件が起きた。殺されたのは倉庫番として雇われていた元兵隊で現場は密室、容疑者は四人の農業学校の生徒。犯人は誰なのか?
 日本推理作家協会の新年会で朗読された犯人当て小説。
 犯人の特定方法は推理パズルそのもので「犯人当て小説」としてどうかと思うが、密室トリック(あまり面白トリックではない)の方は伏線もしっかりと張られていて感心。
「旅の密室」(初出=『オール讀物』1982年12月号)
 特急列車で終着駅へ向かうわたし(水木悠子)は、芹沢喬と名乗る四十半ばの男性に話しかけられた。彼は、十七年前に母と安達太良山のふもとへ旅行した時に旅館で出会った宿泊客だった。とりとめのない思い出話は、やがてわたしたちが帰った後に発覚した密室殺人の話へと移る——。
 「同じ車両に乗り合わせた乗客の会話から意外な真相が明らかになる」というパターンの鉄道ミステリ。
 面白いトリックで伏線も上手く張られていてよく出来ているのに、ラストでやりすぎて(あのままだと後味が悪いので、やりたくなる気持ちも分かる)台無しになっている。傑作になり損ねた作品。
 なお、本作は日本推理作家協会=編『生首コンテスト』(文庫版タイトル『戦慄のプログラム 日本ベストミステリー選集13』)に採録されている。
「犯人は誰だ刑事は誰だ」(初出=『別冊小説宝石1984年5月号)
 ぼくと恵美は湖畔のホテルにバスで向かっていたが、地震による土砂崩れと橋の崩落により足止めを食う。他の乗客たちと古びた旅館に泊まることになったが、宿泊客の中に拳銃強奪犯と警視庁の刑事がいることが分かる——。
 〈ヒロシ&恵美シリーズ〉第1作。
 クローズド・サークル物で、「命を狙われているのは誰か?」という謎が中盤に追加される凝ったフーダニット。伏線が分かりやすい(さりげなく張られているけどバレバレ)ものの、よく出来ている。「ザ・80年代」な主役カップルのキャラクターは好き嫌い分かれる所だが、梶龍雄よりはマシ(笑)。
「女怪盗が盗まれた」(初出=『小説宝石1984年10月~11月号)
 恵美の伯母さんが住んでいる単身者専用アパートで連続窃盗事件が起きていた。伯母さんが部屋を空けている間の留守番を頼まれた恵美に誘われ部屋を訪ねたぼくは泥棒と遭遇し、捕まえる。泥棒は麻矢という若い女性で、このアパートに共犯者がいるらしい。空き部屋に彼女を閉じ込めたが逃げられ、数時間後、死体で発見される——。
 〈ヒロシ&恵美シリーズ〉第2作。
 懸賞出題(賞金総額30万円)された犯人当て小説。伏線があからさまで犯人が分かりやすいが、懸賞問題としてはこれくらいのレベルで丁度いいのかも。
「ポケットの中の時間」(初出=『EQ』1988年1月号)
 井辺知代が自宅で殺されていた。知代の恋人の安富得次と共に第一発見者となった宇津木奈津子は、警視庁捜査一課の倉原真樹刑事の取調べを受ける。彼女は新聞記者の脇田から親友の飯塚輝美が事件当日に知代の家を訪ねていたことを聞き、輝美はそれを認める。彼女の無実を信じる奈津子は、友人で広告代理店の部長・小室正則が知代と交際していることを知り彼を疑うが、小室には上田にいたというアリバイがあった——。
 看板シリーズ〈女性刑事・倉原真樹シリーズ〉の一編。
 輝美のキャラクターが酷すぎるのと写真トリックもイマイチで、本集収録作の中で一番出来が劣る作品。
「午後五時の証言」(初出=『小説現代』1988年4月増刊)
 五時五分過ぎ、相原康郎は菊島治子の家を訪ねたが留守だった。鍵が開いていたので上がり込み、徹夜麻雀で大負けした彼は出来心で札入れから七十万円を抜いてしまう。その夜、彼は小料理屋で働く園部麻弓子から「五時にC駅で会ったことは誰にも言わないでくれ」という奇妙な電話を受け、誰にもしゃべらないと返答し、通話を終えた。四日後、刑事の訪問を受けた彼は治子が殺されたことを知る——。
 偽アリバイテーマの一編。
 サスペンス溢れる作品で読ませるが、枚数が少ないため物足りなく感じる。また、ある事柄(予想はつくが)についての伏線がないのが残念。もっと枚数をかけて膨らませてほしかった。
「蜜と毒」(初出=『別冊小説宝石』1988年12月号)
 菅谷悠子は村枝恵子を旅行先の岐阜に呼び出し、睡眠薬と毒を飲ませて〝処分〟した。アリバイ工作は完璧。しかし、一週間後に野尻という男から呼び出され、全てを見破られてしまう。そして彼は「一ヶ月後に家宝の焼き物を見せてほしい」と要求する——。
 犯行が露見する決め手に日下らしさがある、倒叙ミステリの佳作。個人的にこの展開は好みではないが、最後の台詞が上手く決まっている点は良い。