井上雅彦監修『蠱惑の本 異形コレクションL』(光文社文庫)★★★★★

前巻『ダーク・ロマンス』も素晴らしかったが、本書はそれ以上。私的オールタイムベストに入る、最高のアンソロジーでした。

以下、Twitterに投下した収録作の簡単な感想。

大崎梢「蔵書の中の」
亡くなった祖父の蔵書を引き取りに来る古本屋を待つ昌希の前に、祖父に貸した本を返してほしいという老婆が現れ――。
あの古本屋を狂言回しにしてシリーズ化できそう。

宇佐美まこと「砂漠の龍」
騎馬民族に襲撃され滅びたオアシスの小国の生き残りの少年スーラの物語と大伯父の屋敷と蔵書を相続した祐樹の物語――。
タクラマカン砂漠から現代日本へと舞台が転換し、どす黒いものが吹きあがる。転調のタイミングとラストが絶妙。

井上雅彦「オモイツヅラ」
叔父の恩師の娘の診療所で書庫を整理する司書になったジョン。診療室から聞こえる〈相談者〉の外科医の話を盗み聞いていると、青いリボンの少女の幽霊が現れ――。
あのシリーズ(復刊希望!)の番外編?外伝?な作品。2人があの事件に挑む続編を読みたいですね。

木犀あこ「静寂の書籍」
古書店主の私はタダで蔵書を譲ってくれている常連客で友人の園川老人が奇妙な本を所蔵していることを知り――。
本に憑りつかれた者の末路を描いた作品。さらっと出てきた『○○○○○』が伏線として機能していて上手い。

倉阪鬼一郎「蠟燭(ろうそく)と砂丘
草壁青砂の年刊句集『蠟燭と砂丘』はこれまでのものとは異なっていた。東京の下町で取材をした折、私はある種の巡り合わせで青砂を訊ねることになり――。
しみじみと味わい深い作品。全てが重なるラストが素晴らしい。

間瀬純子「雷のごとく恐ろしきツァーリの製本工房」
雷帝こと皇帝イヴァンに招聘された製本職人ハンスは、彼の前で聖書を印刷し――。
闇の出版秘史。天使の幻視が暗黒のラストを引き立てている。

柴田勝家「書骸(しょがい)」
私の主人の趣味は――。
一行目にノックアウト。どこからこんな発想が出てくるのか。傑作。

斜線堂有紀「本の背骨が最後に残る」
紙の本が禁じられている小国で、十と呼ばれる本を訪ねた旅人。今夜、彼女は版重ねで他の本と対決するという――。
ディストピア「本」格ミステリにして現代の寓話。異説を浮かび上がらせるこじつけめいた論理、十の最後のセリフが読み所。傑作。

坂木司「河原にて」
育児の最善解を探すのに疲れた私はベビーカーを押して散歩中、河原で本を燃やす男を見かけ――。
会話の着地点が綺麗で、「これぞ坂木司!」という作品。男の台詞「今日会った相手に、そこまで踏み込むもんじゃないだろう?」がとてもいい。

真藤順丈「ブックマン――ありえざる奇書の年代記
叔父は奇書の蒐集家であり、奇書だった。彼の死後、ぼくは叔父を読む機会を得た――。
長編を濃縮したような濃厚な作品(短編であることに意味を持たせていて感心)。終盤の無双に燃え、真実に驚く。素晴らしい物語でした。

三上延「2020」
コロナ禍のなか、東京から千キロ以上離れた「本の島」こと文之島を訪れたわたしは、司書の他にある仕事を依頼される――。
宿命とは名ばかりの、呪縛の物語。タイトルの本当の意味が分かるラストが上手い。

平山夢明「ふじみのちょんぼ」
地下レスラーの不死身のちょんぼは、〈本〉を読み傷を回復させていた。ある日、施設で妹のようにかわいがっていたサヲと再会し――。
残酷な救済の物語。こういうラストになるんじゃないかとは思っていたけど……それにしてもあんまりじゃないか……。

朝松健「外法経(げほうぎょう)」
一休不在の売扇庵を訪ねた侍所頭人・多賀高忠は、一休の侍女・森と府中で連続する奇怪な事件の捜査を開始する――。
一休宗純〉シリーズ最新作にして、『血と炎の京(みやこ)―私本・応仁の乱―』の前日譚。まさかアレが出てくるとは!

澤村伊智「恐(おそれ) またはこわい話の巻末解説」
恐怖のアンソロジー『恐(おそれ)』をお届けする――。
収録作(言うまでもなく架空の作品)がどれも面白そうで困る。時折挟まれる書き手のパーソナルな記述が抜群の効果を発揮しています。

北原尚彦「魁星(かいせい)」
横田順彌の最後の頼みとは――。
とてもいい読後感。読みたかったですよね、あの本……。掉尾を飾るに相応しい傑作です。