山前譲編『日本縦断 世界遺産殺人紀行』(JOY NOVELS)★★☆

世界遺産を舞台とする短編を7編収録したアンソロジー。舞台となるのは「知床」「平泉」「富士山」「白川郷・五箇山の合掌造り集落」「紀伊山地の霊場と参詣道」「古都京都の文化財」「厳島神社」。

西村京太郎「わが愛 知床に消えた女」(「知床 わが愛」改題)
 初出=『小説NON』2009年2月号
 収録=『わが愛 知床に消えた女 十津川班捜査行』(09年7月)、『十津川捜査班の「決断」』(12年9月)
警視庁捜査一課の元刑事で私立探偵の橋本豊は、三浦夫妻から「ひとりで生活してみたい」との手紙を残して一ヶ月前に家出した娘・亜紀の捜索を依頼された。彼女が貯金の一千万円を下ろしていたことから男の存在を疑うが噂の一つもなく、その線は考えられない。携帯電話が知床管内で使われていたことが判明し、秘書兼事務員の田中ゆかりと現地へ飛んだ橋本は、亜紀が二週間前にヒグマに殺されたと知る――。
十津川警部の元部下で『北帰行殺人事件』(81年12月)などに登場する橋本豊が主役の〈十津川警部シリーズ〉番外編(十津川は捜査のサポート役で登場)。
プロットにツッコミ所があるが、「西村京太郎がこのトリックを使うとは!」という驚きはある。橋本が主役ということもあり、完成度は別として好きな作品(お薦めはしない)。

中津文彦「仏像は見ていた」
 初出=『小説推理』1987年11月号
 収録=『はぐれ古九谷の殺人 アンティーク探偵『推古堂』平介』(88年7月)
父親から各地の同業者に女詐欺師・砂原清美の情報収集を頼んで来いとハッパをかけられ、吉村平介は盛岡へやってきた。北粋堂を訪ねた平介は店主の玉置武吉から歓待を受け、夜遅くまで店で過ごした。翌日、平泉の金色堂阿弥陀如来像を見た平介は、ラジオのニュースで玉置が殺され自分に容疑がかかっていると知る――。
凡作。現場の状況からある人物に疑惑の目を向けることになった点だけは評価できる。

宮脇俊三「殺意の風景 樹海の巻」
 初出=『波』1983年6月号
 収録=『殺意の風景』(85年4月)
高校時代のギター部の先輩Aさんと富士山麓にある彼の別荘に来た私。彼から結婚を申し込まれたのだけど――。
紀行作家・宮脇俊三の唯一の小説集で第13回泉鏡花文学賞を受賞した『殺意の風景』の巻頭作。
「私」のバカっぽさにイラッとくるが、このキャラクターだからこそ引き立つラストが上手い。

菊村到「幻の蝶が翔ぶ」
 『くれなずむ里 五箇山 小説「幻の蝶が翔ぶ」』(81年10月)書き下ろし
木彫りのまち・井波町(いなみまち)(現・南砺市(なんとし))へやってきた編集者の笹部由美子。彼女は三カ月前に山の神峠で転落死したイラストレーター・飯村芳夫と縁のある人々を訪ね歩き、死の真相を探る――。
途中まで引き込まれたが、後半の展開が凡庸でガックシ。また、ラストで由美子が下す決断が唐突すぎて「はあ?」となった。無理をしてミステリーとして纏めなくてもよかったのではないか。

内田康夫龍神の女」
 初出=『別冊婦人公論』1991年4月号
 収録=『龍神の女 内田康夫と5人の名探偵』(03年10月)、『南紀殺人事件』(21年3月)
白浜温泉からタクシーで龍神温泉に向かっていた和泉教授夫妻は、虎ヶ峰峠で若い女性が猛烈な勢いで運転する乗用車に追い抜かれた。その夜、刑事が訪ねてきて、車の転落事故があったと告げる。女性の車が転落したものと思ったが、事故を起こしたのは夫妻が乗っていたタクシーだった――。
『湯布院殺人事件』(89年3月)、『釧路湿原殺人事件』(89年11月)の〈和泉教授夫妻シリーズ〉短編第3作。
凡作。序盤・中盤は悪くないが、終盤で起こるベタなアクシデントには苦笑してしまった。

山村美紗「桜の寺殺人事件」
 初出=『週刊小説』1981年5月24日号
 収録=『花の寺殺人事件(『京都花の寺殺人事件』)』(83年10月)
取材で伏見醍醐の三宝院を訪れた婦人雑誌の編集者・矢川鮎子。ナイフで背中を刺された男性を助けようとした行動が仇になったうえ、被害者が作家の三上潤で彼女の名が書かれた紙きれがポケットに入っていたため、彼女に容疑がかかってしまう。鮎子は三上の担当編集者の田中数夫を怪しむが彼にはアリバイがあり、動機も見当たらなかった――。
鮎子に嫌疑がかかるようにした理由に説得力がなく、最新家電を用いたアリバイトリックが炸裂する典型的な山村美紗作品。

梶山季之「瀬戸のうず潮
 初出=『旅』1963年4~6月号
 収録=『暗闇の女 梶山季之傑作シリーズ7』(66年1月)、『罠に賭けろ 梶山季之傑作集成10 推理編1』(72年12月)、『呪われた寝室』(89年12月)、『地面師』(18年12月)
新婚旅行中の宇高みさ子が安芸の宮島の対岸にある旅館「紅葉亭」から失踪し、一カ月後、仙酔島の小洞窟で変死体となって発見された。福山警察署の吉津刑事は下足番の善吉の証言から、ある仮説を立てる――。
梶山作品としては珍しいトリック小説。犯人とトリックが分かりやすい(捻りがない)ため本格ミステリとしてはつまらないが、舞台となる宮島周辺の情景や刑事の丹念な捜査の描写で読ませるのは流石。

集中ベストは梶山季之「瀬戸のうず潮」、次点は宮脇俊三「殺意の風景 樹海の巻」。残る5編は……まあアレです。正直な所、いいアンソロジーとは言えずお薦めできないので、古本屋で見かけてもスルーして大丈夫(上位2作の宮脇「樹海の巻」は光文社文庫で復刊された『殺意の風景』、梶山「瀬戸のうず潮」は光文社文庫の『地面師』で読めるので)。

日本縦断 世界遺産殺人紀行 (ジョイ・ノベルス)

日本縦断 世界遺産殺人紀行 (ジョイ・ノベルス)