深谷忠記『「法隆寺の謎」殺人事件』(光文社文庫)★★★☆

三月十三日、慶明大学考古学研究所から法隆寺の境内から出土した史料三十二点が盗まれた。笹谷美緒は手塚桐郎から会って話したいとの電話を受け、戸惑う。慶明大学考古学研究所の大学院生である彼はかつて美緒にしつこく言い寄り、壮と付き合うきっかけを作った男。盗難事件に関して相談があり、写真を一枚預かってほしいという。迷った美緒は行かなくても済む条件を出し、結局彼とは会わなかった。数日後、〈偽りの運命の矢玉にじっと堪え忍んで生きるべきか、それとも、法隆寺の真実とともに死すべきか〉と書かれた手塚の手紙が届いた。両親と壮の四人で話し合った結果、一度会って話した方がいいということになり、美緒と壮は彼が住むマンションへ向かったが、部屋で絞殺されていた。手塚が言っていた写真は見つからず、捜査は難航する。
五月十六日、東京駅に着いた西鹿児島駅発の上り寝台特急はやぶさ」の個室A寝台で首と手足が切断された死体が発見され、被害者は考古学研究所の助手・山之辺恒と判明する――。
寝台特急はやぶさ」180秒の逆転〉の副題が付された黒江壮&笹谷美緒シリーズ第7作で、「歴史の謎」シリーズ第1弾。
今回、壮は法隆寺再建・非再建論が絡んだ連続殺人に挑み(法隆寺の謎を解き明かすわけではない)、死体切断の理由と完璧なアリバイが立ちはだかる。
法隆寺の謎については本作の参考文献に入っている梅原猛『隠された十字架 法隆寺論』(論文としてはダメダメだが、読み物としては滅法面白い)を読んで知っていたが、とても解りやすく解説されているので知識がなくても大丈夫。
死体切断の理由と絡めて逆転の発想で解かれるアリバイトリックは、盲点を突いたもので素晴らしい。壮&美緒シリーズで死体切断と言うと『阿蘇・雲仙逆転の殺人』が思い浮かぶので奇天烈なトリックを期待してしまうが、本作のトリックは有名作で使われているトリックのバリエーションで、アリバイ崩しに応用した着想は見事というほかない。
シリーズ上位に入る作品。お薦め。