芦辺拓『ダブル・ミステリ 月琴亭の殺人/ノンシリアル・キラー』(東京創元社)★★★☆

大胆にして精緻、一世一代の大仕掛け
これぞ職人芸――現代本格ミステリの精華
(帯の惹句より)

「月琴亭の殺人」
 素人探偵にして刑事弁護士・森江春策は幻の映画「黄金夢幻城」の上映会に招待され、“日本のモン・サン・ミシェル”天眼峡に建つ《月琴亭ホテル》にやってきた。他の四人の客(堂ヶ芝昌平、青塚草太朗、門脇アズサ、宇津木香也子)はそれぞれ異なる理由で呼び出されたことが判明する。五人は食堂で猿ぐつわをされ鎖で椅子に縛りつけられていた“首吊り判事”こと千々岩征威を発見、全員が彼と因縁があることを知る。満潮で島から出られなくなったため、干潮の時刻まで嫌々ホテルで過ごすことになった六人。森江の嫌な予感が的中し、千々岩の遺体が発見される――。
「ノンシリアル・キラー
 元恋人でお腹の子供の父親、磯島健太が死んだ。過労による居眠り運転で事故死したらしい。わたしは彼の勤めてたファンタスコープ社は不幸続きだと、信頼する先輩の印南さんから聞く。チーフデスクの阿形淳之は駅の下りエスカレーターで転落死、ヴィジュアル・クリーエーターの美崎琴絵(妊娠していた)は帰宅途中に電車内でトラブルに遭い、昏倒したのち亡くなったという。美崎が亡くなった経緯を追ううち、わたしはある仮説を立てる――。
「解決篇」
 2つの物語は1つになり、真相が明かされる――。
(ネタを割っている部分は背景と同色にしています)
森江春策シリーズ最新作。
表はフーダニット「月琴亭の殺人」、裏はサスペンス「ノンシリアル・キラー」、真ん中には袋綴じの「解決篇」という凝った造本(文庫化の際はどうするんだろう? また、恒例の「好事家のためのノート」がないのが残念)となっている本書。
表と裏から読んだ後に解決篇を読むわけですが、これは被害者(千々岩征威)の人物評との対照――というのは深読みでしょうか。
本作の肝は作中で森江春策が言うように、*それまで一度も登場していなかった人物が、いきなり犯人として指名される*ことで、面白い趣向ですが人を選ぶかもしれません(私は「2つの物語を読んでいる読者(=神の視点)は簡単に指摘できるが作中人物(=探偵役の森江春策)には不可能」という落差を面白く感じました)。フーダニットの難易度がかなり易しく設定されている(というよりもバレバレ)のは、この趣向を際立たせるためなのでしょう。
また、心理的クローズド・サークルへと至る脱力感溢れる流れが可笑しかったです。
(書き上げて、1年近くアップするのを忘れていたという……。すみません)