多岐川恭『出戻り侍』(光文社時代小説文庫)★★★☆

多岐川恭は時代小説の名手でもあった。『女人用心帖』から『情なしお源金貸し捕物帖』まで多数刊行され、ジャンルは歴史小説・歴史推理・時代伝奇・捕物帳(とそれに類するもの)・ピカレスクと多岐にわたっている。
本書は『深川売女宿』(桃源社/1972年刊)を改題・文庫化したもので、ノンシリーズ短編を7編収録。
密かに春を売る小料理屋に五日も居残る男の正体を巡る「深川売女宿」は、何気ない描写が真犯人指摘の補助線になっていて上手い。
ぐず弁と陰口を叩かれている岡っ引が事件関係者に下した粋な計らいが彼自身の人生に影響を与える「上州からの客人」は、罪と死者の最期の願いを背負って生き続ける者を描いた好編。
無実の罪で入牢した少女への折檻を煽る女囚の目的が明かされる「牢の女」安楽椅子探偵物。
悪友の紹介で馬具家に婿入りした貧乏御家人の次男坊が巻き込まれた事件の顛末を描いた表題作「出戻り侍」、江戸を荒らした大盗を追う岡っ引が日光道中・中田宿の旅籠の宿泊客十人の中いると睨み取り調べる「宿場の大盗」、若隠居が侍の友人から敵討ちで江戸に出てきた後家と家来の動静を見守るよう依頼され、敵討ちの意外な真相が明かされる「討たれる男」の三編は、多岐川時代小説らしさに溢れている。
「お半呪縛」浄瑠璃・歌舞伎の『桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)』、通称『お半長右衛門』の三つの「実説」を描いた一編。
本書は、結末の意外性に拘ったミステリーとしても楽しめる短編集。「深川売女宿」「牢の女」「討たれる男」などが面白いが、集中ベストは「宿場の大盗」。誰が大盗なのか見当をつけやすいものの、全登場人物の真の姿を次々と明らかにしていく謎解きがとても良い。
これまでミステリー読者の間では『異郷の帆』(1961年刊)を除いて彼の時代小説はあまり読まれてこなかったと思う。結末の意外性に拘ったミステリーとしても楽しめる短編が揃っているので、本書を楽しんだ方は他の作品も手に取ってみてほしい。

出戻り侍 (光文社文庫)

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出戻り侍 新装版 (光文社時代小説文庫)

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