昭和57年、私生児の相羽李奈子は御木本伸吾との結婚を控え幸せの絶頂だったが、母の加奈江がトラックに轢かれる事故に遭い、人生が一変する。関東総合病院に搬送された加奈江は脳が破壊されているため、元通りの体になる確率は低い。家族の経済的負担を考え手術を渋る医師たちに対し、李奈子の元恋人で脳外科医の上林は医の倫理を振りかざし手術を主張、院長の鶴の一声で手術を行うことになる。手術は成功したが予想された通り加奈江は植物状態になり、李奈子は衝撃を受ける。植物状態になったことを知った御木本の両親は、一方的に婚約解消を申し渡したのだった。加害者の北川文男は業務上過失致傷で逮捕され、ショックで妻の初恵は流産してしまう。昭和58年12月、禁固一年六月の判決が下され市原刑務所に収監されていた北川は刑期満了で出所、やり直そうと頑張るが事故が人生に重くのしかかり離婚。昭和60年、彼はかつて勤めた大崎運輸の事務所に忍び込み住居侵入および強盗致傷で起訴され、水木邦夫は弁護を引き受ける。昭和61年、看病に疲れた李奈子が加奈江を殺そうとし、水木は彼女の弁護も担当することになった。李奈子が起こした事件に、ある殺人事件が絡んできて――。
1986年11月刊の第6長編で、「水木邦夫弁護士シリーズ」長編3作目。
前作『月村弁護士 逆転法廷』同様ある部分に古さを感じるが、「安楽死」「医の倫理」「介護問題」「加害者・被害者とその家族の苦悩」というテーマは少しも古びていない。本作はこれらのテーマに向き合い、ホワイダニットに拘った本格ミステリだ。
事件が動き出すまで重い話が続くが、伏線やミスディレクションが巧みに仕込まれているため油断ならない。ある人物の行動の真意は序盤の描写が利いていてまんまと騙されるし、無理心中未遂の動機には唸るしかない。終盤の水木の行動は弁護士というよりも私立探偵のようだが、これは仕方がないだろう。
とても地味だが、社会派テーマ・本格ミステリ・人間ドラマの三要素が見事に融合した、小杉流法廷推理の最高峰である。
(再読)
- 作者:小杉 健治
- メディア: 新書
- 作者:小杉 健治
- 発売日: 1988/12/01
- メディア: 文庫