笹沢左保『遥かなり わが叫び』(角川文庫)★★★★☆

「四年と十か月ぶりに娑婆に出て来たと伝えて下さい。ナオ子と行雄のことについては、改めて礼をさせてもらうってね。いまに面白いことになりますよ」警視庁捜査一課伊勢波班に、鬼塚弘一から電話がかかってきた。五年前、彼は妻のナオ子を犯した春日井純を殺し、伊勢波に逮捕された。その際、妻子に会わせてくれという頼みを伊勢波は聞き入れず、逮捕から五日後、妻子はトラックにはねられて亡くなった。伊勢波は長野の地元新聞の記事で、春日井家のお手伝いだった横路多喜子が駒ケ根市の太田切川で溺死したことを知る。鬼塚の犯行と睨むが他殺の条件が成り立たない。鬼塚から再起パーティの招待状を受け取り名古屋に向かった伊勢波。何事もなくパーティが終わり、伊勢波は鬼塚が運転する車で帰京する。春日井夫人だった水口梨江が自宅で絞殺されているのが発見された。死亡推定時刻は前夜の二十三時頃。伊勢波は鬼塚が殺したと確信するが、彼のアリバイ証人は伊勢波自身である。彼女の愛人の二出川昭が群馬県の老神温泉近くの吹割滝で死に、捜査本部は彼の犯行と断定して捜査を終結させる。伊勢波は捜査一課長に二日の猶予を貰い、鬼塚の完璧なアリバイを崩すための捜査を開始する――。
1976〜77年にかけて『週刊文春』に連載された「伊勢波邦彦警部シリーズ」第2作(最終作)で、三度目の文庫化の際に『警部の証言』と改題。1977年6月刊。
火曜サスペンス劇場』のいかりや長介主演の人気シリーズ『取調室15』(2001年12月18日放送)の原作に使用された。
アリバイ崩しと歴史推理を融合させて名探偵と名犯人の対決を描いた本シリーズ、今回は絵島生島の謎を事件に絡ませており、伊勢波がアリバイの証人というシチュエーションは前作同様。
見当をつけやすいトリックだが笹沢ならではの大胆な伏線が見事で、伊勢波がある言葉に込めた真意を明かした後に迎える空しさしか残らないラストも良い(そういう意味でも改題は失敗だろう)。
七十年代の笹沢ミステリを語るうえで欠かせない秀作のひとつである本作、高野長英の謎を絡ませた前作『遥かなり わが愛を(原題:暁の狩人/別題:憑霊)』(1976年8月刊)共々お薦めです。
(再読)