『ミステリーズ! vol.43』を拾い読み

ミステリーズ! vol.43』(2010年10月)を拾い読み。
愛川晶「私がデビューしたころ 三週間戦争」。へー、『化身』に続編があったのか。掲載されているのだから問題はないのだろうけど、ここまで赤裸々に書かなくても……(笑)。
美輪和音「強欲な羊」
 資産家の真行寺家で起きた殺人事件。妹の沙耶子が、姉の麻耶子を殺害するに至った経緯とは――。第7回ミステリーズ!新人賞受賞作。「えっ、これが受賞作なの?」というのが正直なところ。達者だし、読ませる小説だとは思うけど、オリジナリティが全く感じられないんだよねぇ。真相とオチは予想通りで、意外性の欠片もないし……。受賞後第一作ではじけてくれることを期待したい。
「[特別座談会]鮎川先生との思い出」北村薫有栖川有栖戸川安宣の3氏が、『オール讀物』の元編集者・安藤満氏を囲んで鮎川哲也先生の思い出を聞く。直木賞を取れる雰囲気があったのか。びっくり。
芦辺拓『スチームオペラ 蒸気都市探偵譚』(第一回)
 物語好きの好奇心旺盛な女子学生エマ・ハートリー。登校途中、活版掲示板で空中船《極光号》の帰還を知った彼女は、馬なし馬車に飛び乗り第二埠頭へ向かう――。芦部先生の新連載は、蒸気機関が発達したパラレル・ワールドの地球を舞台にした作品。イラストは藤ちょこ氏が担当しており、作品の雰囲気と合っていてけっこう好み。続きが楽しみな連載がまたひとつ増えた。
蒼井上鷹「生かしてはおけない」
 一軒家で火災が発生し、焼死体が発見される。遺体には他殺の痕跡があった。被害者は住人の相田高(あいだ・こう)と思われるが、遺体の状態が悪いため身元確認が必要。父親の研三に頼むことになるが、彼は捜査を担当する大曲警部と因縁のある人物だった。トラブルをさけるため、大曲は部下の角刑事に任せる。事件の一ヶ月前、相田順は折り合いの悪い父・研三との関係修復のため、マッサージ師の日比木守と堀ゆきえを紹介する――。うーん、これは微妙。日比木守が相田研三に変装していたことをサプライズに持ってきているのだが、不発。勘のいい読者ならすぐに感づくよ。あと、キャラクター間の掛け合いが冗長なのもねぇ。ユーモラスな雰囲気を狙っているのだろうけど、寒いだけ。感心したのは、タイトルの意味と殺害動機くらい。
ピーター・トレメイン「ウルフスタンへの頌歌(カンティルク)」A Canticle for Wulfstan
 アーマーの聖パトリックの寺院へ巡礼に出かける途中、修道女フィデルマは付属の学問所でも高名なダロウ修道院に立ち寄る。修道院長にして司教でもあるラズローンは、彼女の師。学問所には、二世紀半もの間絶えることなく戦いが続いているブリテン人とサクソン人もおり、諍いが絶えない。命を狙われていると言い張るサクソンの王子ウルフスタンに、院長は格子窓のある拘束室を提供し、扉に閂を二つつける。フィデルマと院長が旧交を温めていると、修道院執事のオルトーン修道士が駆け込んできて、ウルフスタンが寝室で刺殺されたと報告する――。密室トリックは古典的な機械トリックなのでどうでもいいが、現場が密室であったことを確定させる演出が上手い。また、手掛り・伏線が上手く貼られており、犯人限定のロジックが素晴らしい。現代において、ここまで王道を行くクラシカルな海外ミステリの短篇はそうそうお目にかかれない。たいへん気に入りました。既刊の「修道女フィデルマ」シリーズを読まねば。
杉江松恋「路地裏の迷宮踏査43 ケメルマンの閉じた世界」。ハリイ・ケメルマンのラビ・シリーズについて。このシリーズは実験小説でもあったのか。未訳の残り4作、論創社から出してくれないものか。
J・P・ホーガン「マダム・バタフライ」Madam Butterfly
 ある日、掃除婦の志本千芙美はアスファルトの隙間にヤマツミソウが咲いているのを見つける。キョウと呼ばれる神の化身といわれるこの花を鉢に植え替え、会計士のオフィスに鉢を置く。彼女の息子の一郎は、ファースト・フォワーディング非法人会社所有の集荷船〈ターナー・マドックス〉で働き始める。近くの宙域で集荷船が跡形もなく姿を消す事件が起き、連邦の仕業だと考えたドイル船長は、一郎が連邦のスパイではないかと疑う――。なるほど、こういう結末だから「マダム・バタフライ」というタイトルなのか。上手いなぁ。

ミステリーズ! vol.43

ミステリーズ! vol.43

化身 (創元推理文庫)

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