鉄ミス&トラミス大賞2020

《鉄ミス&トラミス大賞2020》受賞作
〈新刊・新作部門〉
 受賞作なし
〈旧作部門〉
 上田廣『駅猫 鉄道推理短編集』(大正出版)
〈特別賞〉
 鮎川哲也・西村京太郎・夏樹静子・山村美紗佳多山大地編『線路上の殺意 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編〉』(双葉文庫

〈新刊・新作部門〉は『早房希美の謎解き急行』か『線路上の殺意』かで迷いました。前者は良質の連作集ですが飛び抜けた作品がなく、受賞させるには弱い。後者はイチオシですが新刊とはいえ旧作オンリー(それもド定番の傑作ばかり)で受賞させるのに躊躇してしまう。……でも受賞させたい! ということで、『線路上の殺意』を〈特別賞〉とし、〈新刊・新作部門〉は「受賞作なし」としました。
残りの候補作『留萌本線、最後の事件 トンネルの向こうは真っ白』は鉄道ファンの心情が織り込まれた作品でしたが無理作り感が強く、最初に脱落となりました。

奇想ミステリーの『雪列車連殺行』、滋味溢れる作品揃いの鉄道ミステリ短編集『駅猫』、メタ・ミステリの『花の旅 夜の旅』、異なるタイプの激突となった〈旧作部門〉。どれが受賞してもおかしくなかったですが、『駅猫』に決定。表題作もいいですが、「炎の動機」がとてもいい。
『雪列車連殺行』は、「遂に列車シリーズにエンジンがかかった!」と思わせる作品。後の作品と比べると、これでもまだ抑え目なのが恐ろしい……(笑)。謎解きのごちゃつきが残念な所です。
『花の旅 夜の旅』は皆川作品の持つ濃厚さが薄められている(とはいえ、ラストでちらっと顔を出す)ので、苦手という方にもお薦めできる作品です。

※「鉄ミス&トラミス大賞」とは、この1年に読んだ鉄ミス&トラミスの中からお薦め作品を勝手に顕彰するものです。なお、受賞しても現在制作中(完成時期未定)の鉄ミス&トラミス本で紹介するとは限りません。

芦辺拓『名探偵総登場 芦辺拓と13の謎』(行舟文化)★★★★★

バラエティに富んだ作品が揃った自選短編集になっています。まさに「芦辺ワールド見本市」。ファンは勿論、芦辺作品を読んだことのない人にもお薦めです。

以下、Twitterに投下した収録作の簡単な感想。

「芦辺探偵事務所」所員名簿
森江春策、童顔すぎるような……(笑)。乙名探偵のビジュアルが素晴らしい。

「殺人喜劇の鳥人伝説」
 初出=鮎川哲也島田荘司編『奇想の復活』
 収録=『探偵宣言 森江春策の事件簿』
 ※『月刊サスペリアミステリー』2003年3月号で漫画化(作画=浦川まさる・佳弥)。

空を飛ぶ死者が起こした事件の謎に森江春策が挑む――。
森江春策、新聞記者時代事件(九鬼弁護士と赤沢真紀に出会った事件でもある)。
本作は奇想ミステリのお手本といえる作品で、森江シリーズの初期を代表する傑作。馬鹿馬鹿しく見える真相だが、そうとは感じさせない森江の地に足の着いた謎解きが見事です。
自選作は「殺人喜劇の迷い家伝説」(赤沢真紀が再登場)を予想していたけど、こっちでしたか。「疾駆するジョーカー」(森江の最後のセリフがかっこいい)、「時空を征服した男」(名作「離れた家」に挑戦)もいい作品。

「死体の冷めないうちに」
 初出=『野性時代』1995年8月号
 収録=『死体の冷めないうちに』、アンソロジー『不在証明崩壊』
 ※『サスペリア増刊 ミステリーSP』Vol.12で森江春策シリーズに改変して漫画化(作画=上杉かや)

矢来一正は金づるで大学時代同じ研究室に所属していた伊地智伸行を殺した。新たなアリバイを足すため工作を施し、完璧な計画と思っていたのだが――。
自治警特捜シリーズを代表する作品で、倒叙ミステリ。プロットは、鮎川哲也の名作短編のバリエーションです。
自治警特捜から本作が選ばれたのは納得。「不完全な処刑台」(これも森江シリーズに改変されて漫画化)も好きな作品。
このシリーズは海外ドラマの雰囲気があって大好きなのですが、海外ドラマお馴染み「クリフハンガー打ち切りエンド」になっておりまして……。芦辺先生、奴との最終対決が読みたいです!

「消えた円団治」
 初出=『問題小説』2004年2月号
 収録=『少女探偵は帝都を駆ける』

ラジオの生放送中、拳銃で撃たれた落語家の桂円団治が弾痕の残る羽織を残してスタジオから姿を消し、1.2キロ先の電柱のてっぺんに死体となって現れた――。
偶然が作用する部分があるがシンプルな構図。このシリーズらしく当時の雰囲気も感じられる好編です。
モダン・シティの短中編はどれも甲乙つけがたいので、何が選ばれるか気になっていました。私は「テレヴィジョンは見た」「少女探偵は帝都を駆ける」が好き。
本作を読んで興味を持った方は、『殺人喜劇のモダン・シティ』(傑作)、『少女探偵は帝都を駆ける』(文庫化希望)を読もう!

木乃伊(ミイラ)とウニコール」
 初出=『小説宝石』2002年3月号
 収録=『殺しはエレキテル 曇斎先生事件帳』、アンソロジー本格ミステリ03(文庫タイトル『論理学園事件帳』)』

密室状態の座敷で武士をウニコール(一角獣)の牙で殺したのは長櫃に入っていたミイラなのか?
怪奇色濃厚のおどろおどろしい話のように見えるが、全くそんなことはない。不可能状況に怪奇色が加味される手際がよく、シンプルなトリックと事件の落とし所も良い。
本作は〈曇斎先生事件帳〉を代表する作品。「殺しはエレキテル」もオススメ。
芦辺先生が書いているように、このシリーズは完結していない。あの人物と本格的に対決する(そして、ビターでありながらも明るい未来を予感させるラストになるであろう)第2シリーズの開始を待っています。

「ご当地の殺人」
 初出=『創元推理11』(「名探偵Zの不可能推理」の1編)
 収録=『名探偵Z 不可能推理』
 ※『月刊サスペリアミステリー』2003年3月号で漫画化

Q市から遠く離れた一大観光地・五戸内で男性の死体が発見された――。
前代未聞の……(笑)。シリーズ入門向きの作品。
和製ルーフォック・オルメスこと乙名探偵が活躍する名探偵Zシリーズはかなり特異な世界。あんな世界の住人なのに、森江春策や平田鶴子と共演しているのだ。
「殺意は鉄路を駆ける」「少女怪盗Ψ登場」「人にして獣なるものの殺戮」「黄金宮殿の大密室」も凄いゾ!

「レジナルド・ナイジェルソープの冒険」
 初出・収録=創元推理文庫版『グラン・ギニョール城』

外国人美術商が惨殺され、不正を働いたため彼に首を切られたコーディネーターが日本刀で殺された。唯一の容疑者にはアリバイがあり――。
英米黄金期本格の衣をまとった掌編。どことなく芦辺流パスティーシュ物の味があります。
芦辺ワールドには2人のレジェンド探偵がおり、レジナルド・ナイジェルソープはそのひとり。『グラン・ギニョール城』と本作では小説中の人物ですが、『七人の探偵のための事件』では実在の人物として登場し、森江春策や平田鶴子らと怪事件に挑みます。次の登場が待たれるキャラクターです。

「アリバイの盗聴」
 習作(1975年)
 初出=『別冊シャレード82号 芦辺拓特集3』

高塔順一は脅迫者の島中義朗を殺害した。〝ある物〟が彼のアリバイを証明したのだが――。
倒叙ミステリ。皮肉な詰め手が見所の作品。
滝儀一警部補(後に警部)は森江春策のよき理解者・協力者としてお馴染みのキャラクター。彼が活躍するのは習作時代の作品(『トリックより他に神はなし 芦辺拓華甲記念文集』収録の「彷徨座事件」がベスト)だけですが、商業作品で活躍が語られる日が来るのを楽しみにしています。

「探偵と怪人のいるホテル」
 初出=井上雅彦監修『グランドホテル 異形コレクションIX』
 収録=『探偵と怪人のいるホテル』

古風なホテルに〝特別ご招待〟された彼は、聖書から滑り落ちた紙片を読み――。
花筺城太郎と殺人喜劇王が初登場の幻想ミステリで、虚と実の狭間の物語。後の作品群の萌芽がここにある。
花筺城太郎はレジナルド・ナイジェルソープと並ぶ芦辺ワールドのレジェンド探偵で、《異形コレクション》発表作と森江シリーズ『怪人対名探偵』に登場。殺人喜劇王をはじめとする怪人たちと戦いをくりひろげる彼の次なる物語はどのようなものになるのでしょう。

「輪廻(めぐ)りゆくもの」
 初出=井上雅彦監修『幻想探偵 異形コレクションXLII』
 初収録

受け取って一週間たってから次に回すことになっているJUOの回覧書類を追うわたし(釈初江)が辿り着いた真実とは――。
ある知識が必要とはいえ全ての手掛りが目の前にあったことが分かる終盤に「やられた!」となること間違いなし。会心作と自負するのも納得の作品です。
芦辺先生は怪奇幻想の人でもあります。鮎川先生と名アンソロジー『妖異百物語』(全2巻)を編み、このジャンルの短編集『探偵と怪人のいるホテル』『奇譚を売る店』『楽譜と旅する男』『おじさんのトランク 幻燈小劇場』には面白い作品が揃っています。光文社の3冊以外の本(ひとり雑誌的な『迷宮パノラマ館』も含む)、再刊してほしいなぁ……。

「怪人対少年探偵」
 初出・収録=『黄金夢幻城殺人事件』

ついに《殺人喜劇王》と少年探偵・七星スバル君が相対するときが来たのです――。
本書収録の「探偵と怪人のいるホテル」と通じる部分のある掌編。
七星スバルは虚実を駆けまわる少年探偵。彼のために用意された物語が書かれる日が待ち遠しい。

「アリバイのある毒」(ラジオドラマ)
 1996年10月12日・CBCラジオ放送
 初収録

私は市民参加のマラソン大会を舞台に彼を毒殺し、捜査圏外に逃れることに成功した……坪井令夫警部が担当するまでは――。
本書の収録作3作目となる倒叙ミステリ。シンプルゆえに盲点となるミスですね。
愛知県警の坪井令夫警部補(警部)は森江シリーズに欠かせないキャラクターのひとり(登場エピソードでは「密室の鬼」が好き)。次の登場はいつになるのか気になりますが、警視庁の獅子堂警部補・大阪府警の滝警部らと一堂に会する機会があるのかも気になるところです。

「並木謎浪華(なみきのなぞなにわ)からくり―正三と若き日の五瓶―」
 未発表歌舞伎台本(2016年)
 原作=「五瓶劇場 けいせい伝奇城」(初出=朝松健・えとう乱星編『伝奇城』、収録=『からくり灯籠 五瓶劇場』)

大坂の地に夜な夜な歌舞伎衣装の百鬼夜行の行列が出るという。並木五八(後の並木五瓶)はこの謎を解き明かし、芝居に乗せようと決意する――。
〈五瓶劇場〉シリーズ第2作を歌舞伎台本にしたもの。「実は虚となり、虚は実となる」という台詞が全て。時代伝奇であっても芦辺作品の核は不変。
『からくり灯籠 五瓶劇場』の題で纏められた並木五瓶を主人公とする時代伝奇〈五瓶劇場〉シリーズ。これを読んで「芦辺ワールド=歌舞伎の世界」と確信したんですよね。今年刊行の『鶴屋南北の殺人』は本シリーズを深化させたものと見るのは間違いですかね?

「からくり島の秘宝」
 書き下ろし

倶利伽羅島を訪れた少年少女探偵の3人と新島ともか。〝からくり島〟と呼ばれるこの島には秘宝伝説があって――。
〈ネオ少年探偵〉、16年ぶりの新作。長編になるものを短編化したため駆け足気味なのが残念です。余裕があれば色々盛り上がったんだろうなぁ……。
芦辺先生の仕事で忘れていけないのは、ジュヴナイル分野での活躍でしょう(本シリーズ、名作リライト、入門書『少年少女のためのミステリー超入門』を執筆)。ミステリー読みに限らず本読みが一人でも多く生まれるといいですよね。

スタンドアローンな探偵たち」
生み出したキャラクターたちを愛しているのが良く分かります。芦辺ワールド最強のキャラクターである保瀬七郎警部への言及がなかったのは残念でした(森江らと共演経験がるので、スタンドアローンではないということかな?)。

名探偵総登場 芦辺拓と13の謎

名探偵総登場 芦辺拓と13の謎

  • 作者:拓, 芦辺
  • 発売日: 2020/12/11
  • メディア: 単行本

井上雅彦監修『蠱惑の本 異形コレクションL』(光文社文庫)★★★★★

前巻『ダーク・ロマンス』も素晴らしかったが、本書はそれ以上。私的オールタイムベストに入る、最高のアンソロジーでした。

以下、Twitterに投下した収録作の簡単な感想。

大崎梢「蔵書の中の」
亡くなった祖父の蔵書を引き取りに来る古本屋を待つ昌希の前に、祖父に貸した本を返してほしいという老婆が現れ――。
あの古本屋を狂言回しにしてシリーズ化できそう。

宇佐美まこと「砂漠の龍」
騎馬民族に襲撃され滅びたオアシスの小国の生き残りの少年スーラの物語と大伯父の屋敷と蔵書を相続した祐樹の物語――。
タクラマカン砂漠から現代日本へと舞台が転換し、どす黒いものが吹きあがる。転調のタイミングとラストが絶妙。

井上雅彦「オモイツヅラ」
叔父の恩師の娘の診療所で書庫を整理する司書になったジョン。診療室から聞こえる〈相談者〉の外科医の話を盗み聞いていると、青いリボンの少女の幽霊が現れ――。
あのシリーズ(復刊希望!)の番外編?外伝?な作品。2人があの事件に挑む続編を読みたいですね。

木犀あこ「静寂の書籍」
古書店主の私はタダで蔵書を譲ってくれている常連客で友人の園川老人が奇妙な本を所蔵していることを知り――。
本に憑りつかれた者の末路を描いた作品。さらっと出てきた『○○○○○』が伏線として機能していて上手い。

倉阪鬼一郎「蠟燭(ろうそく)と砂丘
草壁青砂の年刊句集『蠟燭と砂丘』はこれまでのものとは異なっていた。東京の下町で取材をした折、私はある種の巡り合わせで青砂を訊ねることになり――。
しみじみと味わい深い作品。全てが重なるラストが素晴らしい。

間瀬純子「雷のごとく恐ろしきツァーリの製本工房」
雷帝こと皇帝イヴァンに招聘された製本職人ハンスは、彼の前で聖書を印刷し――。
闇の出版秘史。天使の幻視が暗黒のラストを引き立てている。

柴田勝家「書骸(しょがい)」
私の主人の趣味は――。
一行目にノックアウト。どこからこんな発想が出てくるのか。傑作。

斜線堂有紀「本の背骨が最後に残る」
紙の本が禁じられている小国で、十と呼ばれる本を訪ねた旅人。今夜、彼女は版重ねで他の本と対決するという――。
ディストピア「本」格ミステリにして現代の寓話。異説を浮かび上がらせるこじつけめいた論理、十の最後のセリフが読み所。傑作。

坂木司「河原にて」
育児の最善解を探すのに疲れた私はベビーカーを押して散歩中、河原で本を燃やす男を見かけ――。
会話の着地点が綺麗で、「これぞ坂木司!」という作品。男の台詞「今日会った相手に、そこまで踏み込むもんじゃないだろう?」がとてもいい。

真藤順丈「ブックマン――ありえざる奇書の年代記
叔父は奇書の蒐集家であり、奇書だった。彼の死後、ぼくは叔父を読む機会を得た――。
長編を濃縮したような濃厚な作品(短編であることに意味を持たせていて感心)。終盤の無双に燃え、真実に驚く。素晴らしい物語でした。

三上延「2020」
コロナ禍のなか、東京から千キロ以上離れた「本の島」こと文之島を訪れたわたしは、司書の他にある仕事を依頼される――。
宿命とは名ばかりの、呪縛の物語。タイトルの本当の意味が分かるラストが上手い。

平山夢明「ふじみのちょんぼ」
地下レスラーの不死身のちょんぼは、〈本〉を読み傷を回復させていた。ある日、施設で妹のようにかわいがっていたサヲと再会し――。
残酷な救済の物語。こういうラストになるんじゃないかとは思っていたけど……それにしてもあんまりじゃないか……。

朝松健「外法経(げほうぎょう)」
一休不在の売扇庵を訪ねた侍所頭人・多賀高忠は、一休の侍女・森と府中で連続する奇怪な事件の捜査を開始する――。
一休宗純〉シリーズ最新作にして、『血と炎の京(みやこ)―私本・応仁の乱―』の前日譚。まさかアレが出てくるとは!

澤村伊智「恐(おそれ) またはこわい話の巻末解説」
恐怖のアンソロジー『恐(おそれ)』をお届けする――。
収録作(言うまでもなく架空の作品)がどれも面白そうで困る。時折挟まれる書き手のパーソナルな記述が抜群の効果を発揮しています。

北原尚彦「魁星(かいせい)」
横田順彌の最後の頼みとは――。
とてもいい読後感。読みたかったですよね、あの本……。掉尾を飾るに相応しい傑作です。