芦辺拓『名探偵総登場 芦辺拓と13の謎』(行舟文化)★★★★★

バラエティに富んだ作品が揃った自選短編集になっています。まさに「芦辺ワールド見本市」。ファンは勿論、芦辺作品を読んだことのない人にもお薦めです。

以下、Twitterに投下した収録作の簡単な感想。

「芦辺探偵事務所」所員名簿
森江春策、童顔すぎるような……(笑)。乙名探偵のビジュアルが素晴らしい。

「殺人喜劇の鳥人伝説」
 初出=鮎川哲也島田荘司編『奇想の復活』
 収録=『探偵宣言 森江春策の事件簿』
 ※『月刊サスペリアミステリー』2003年3月号で漫画化(作画=浦川まさる・佳弥)。

空を飛ぶ死者が起こした事件の謎に森江春策が挑む――。
森江春策、新聞記者時代事件(九鬼弁護士と赤沢真紀に出会った事件でもある)。
本作は奇想ミステリのお手本といえる作品で、森江シリーズの初期を代表する傑作。馬鹿馬鹿しく見える真相だが、そうとは感じさせない森江の地に足の着いた謎解きが見事です。
自選作は「殺人喜劇の迷い家伝説」(赤沢真紀が再登場)を予想していたけど、こっちでしたか。「疾駆するジョーカー」(森江の最後のセリフがかっこいい)、「時空を征服した男」(名作「離れた家」に挑戦)もいい作品。

「死体の冷めないうちに」
 初出=『野性時代』1995年8月号
 収録=『死体の冷めないうちに』、アンソロジー『不在証明崩壊』
 ※『サスペリア増刊 ミステリーSP』Vol.12で森江春策シリーズに改変して漫画化(作画=上杉かや)

矢来一正は金づるで大学時代同じ研究室に所属していた伊地智伸行を殺した。新たなアリバイを足すため工作を施し、完璧な計画と思っていたのだが――。
自治警特捜シリーズを代表する作品で、倒叙ミステリ。プロットは、鮎川哲也の名作短編のバリエーションです。
自治警特捜から本作が選ばれたのは納得。「不完全な処刑台」(これも森江シリーズに改変されて漫画化)も好きな作品。
このシリーズは海外ドラマの雰囲気があって大好きなのですが、海外ドラマお馴染み「クリフハンガー打ち切りエンド」になっておりまして……。芦辺先生、奴との最終対決が読みたいです!

「消えた円団治」
 初出=『問題小説』2004年2月号
 収録=『少女探偵は帝都を駆ける』

ラジオの生放送中、拳銃で撃たれた落語家の桂円団治が弾痕の残る羽織を残してスタジオから姿を消し、1.2キロ先の電柱のてっぺんに死体となって現れた――。
偶然が作用する部分があるがシンプルな構図。このシリーズらしく当時の雰囲気も感じられる好編です。
モダン・シティの短中編はどれも甲乙つけがたいので、何が選ばれるか気になっていました。私は「テレヴィジョンは見た」「少女探偵は帝都を駆ける」が好き。
本作を読んで興味を持った方は、『殺人喜劇のモダン・シティ』(傑作)、『少女探偵は帝都を駆ける』(文庫化希望)を読もう!

木乃伊(ミイラ)とウニコール」
 初出=『小説宝石』2002年3月号
 収録=『殺しはエレキテル 曇斎先生事件帳』、アンソロジー本格ミステリ03(文庫タイトル『論理学園事件帳』)』

密室状態の座敷で武士をウニコール(一角獣)の牙で殺したのは長櫃に入っていたミイラなのか?
怪奇色濃厚のおどろおどろしい話のように見えるが、全くそんなことはない。不可能状況に怪奇色が加味される手際がよく、シンプルなトリックと事件の落とし所も良い。
本作は〈曇斎先生事件帳〉を代表する作品。「殺しはエレキテル」もオススメ。
芦辺先生が書いているように、このシリーズは完結していない。あの人物と本格的に対決する(そして、ビターでありながらも明るい未来を予感させるラストになるであろう)第2シリーズの開始を待っています。

「ご当地の殺人」
 初出=『創元推理11』(「名探偵Zの不可能推理」の1編)
 収録=『名探偵Z 不可能推理』
 ※『月刊サスペリアミステリー』2003年3月号で漫画化

Q市から遠く離れた一大観光地・五戸内で男性の死体が発見された――。
前代未聞の……(笑)。シリーズ入門向きの作品。
和製ルーフォック・オルメスこと乙名探偵が活躍する名探偵Zシリーズはかなり特異な世界。あんな世界の住人なのに、森江春策や平田鶴子と共演しているのだ。
「殺意は鉄路を駆ける」「少女怪盗Ψ登場」「人にして獣なるものの殺戮」「黄金宮殿の大密室」も凄いゾ!

「レジナルド・ナイジェルソープの冒険」
 初出・収録=創元推理文庫版『グラン・ギニョール城』

外国人美術商が惨殺され、不正を働いたため彼に首を切られたコーディネーターが日本刀で殺された。唯一の容疑者にはアリバイがあり――。
英米黄金期本格の衣をまとった掌編。どことなく芦辺流パスティーシュ物の味があります。
芦辺ワールドには2人のレジェンド探偵がおり、レジナルド・ナイジェルソープはそのひとり。『グラン・ギニョール城』と本作では小説中の人物ですが、『七人の探偵のための事件』では実在の人物として登場し、森江春策や平田鶴子らと怪事件に挑みます。次の登場が待たれるキャラクターです。

「アリバイの盗聴」
 習作(1975年)
 初出=『別冊シャレード82号 芦辺拓特集3』

高塔順一は脅迫者の島中義朗を殺害した。〝ある物〟が彼のアリバイを証明したのだが――。
倒叙ミステリ。皮肉な詰め手が見所の作品。
滝儀一警部補(後に警部)は森江春策のよき理解者・協力者としてお馴染みのキャラクター。彼が活躍するのは習作時代の作品(『トリックより他に神はなし 芦辺拓華甲記念文集』収録の「彷徨座事件」がベスト)だけですが、商業作品で活躍が語られる日が来るのを楽しみにしています。

「探偵と怪人のいるホテル」
 初出=井上雅彦監修『グランドホテル 異形コレクションIX』
 収録=『探偵と怪人のいるホテル』

古風なホテルに〝特別ご招待〟された彼は、聖書から滑り落ちた紙片を読み――。
花筺城太郎と殺人喜劇王が初登場の幻想ミステリで、虚と実の狭間の物語。後の作品群の萌芽がここにある。
花筺城太郎はレジナルド・ナイジェルソープと並ぶ芦辺ワールドのレジェンド探偵で、《異形コレクション》発表作と森江シリーズ『怪人対名探偵』に登場。殺人喜劇王をはじめとする怪人たちと戦いをくりひろげる彼の次なる物語はどのようなものになるのでしょう。

「輪廻(めぐ)りゆくもの」
 初出=井上雅彦監修『幻想探偵 異形コレクションXLII』
 初収録

受け取って一週間たってから次に回すことになっているJUOの回覧書類を追うわたし(釈初江)が辿り着いた真実とは――。
ある知識が必要とはいえ全ての手掛りが目の前にあったことが分かる終盤に「やられた!」となること間違いなし。会心作と自負するのも納得の作品です。
芦辺先生は怪奇幻想の人でもあります。鮎川先生と名アンソロジー『妖異百物語』(全2巻)を編み、このジャンルの短編集『探偵と怪人のいるホテル』『奇譚を売る店』『楽譜と旅する男』『おじさんのトランク 幻燈小劇場』には面白い作品が揃っています。光文社の3冊以外の本(ひとり雑誌的な『迷宮パノラマ館』も含む)、再刊してほしいなぁ……。

「怪人対少年探偵」
 初出・収録=『黄金夢幻城殺人事件』

ついに《殺人喜劇王》と少年探偵・七星スバル君が相対するときが来たのです――。
本書収録の「探偵と怪人のいるホテル」と通じる部分のある掌編。
七星スバルは虚実を駆けまわる少年探偵。彼のために用意された物語が書かれる日が待ち遠しい。

「アリバイのある毒」(ラジオドラマ)
 1996年10月12日・CBCラジオ放送
 初収録

私は市民参加のマラソン大会を舞台に彼を毒殺し、捜査圏外に逃れることに成功した……坪井令夫警部が担当するまでは――。
本書の収録作3作目となる倒叙ミステリ。シンプルゆえに盲点となるミスですね。
愛知県警の坪井令夫警部補(警部)は森江シリーズに欠かせないキャラクターのひとり(登場エピソードでは「密室の鬼」が好き)。次の登場はいつになるのか気になりますが、警視庁の獅子堂警部補・大阪府警の滝警部らと一堂に会する機会があるのかも気になるところです。

「並木謎浪華(なみきのなぞなにわ)からくり―正三と若き日の五瓶―」
 未発表歌舞伎台本(2016年)
 原作=「五瓶劇場 けいせい伝奇城」(初出=朝松健・えとう乱星編『伝奇城』、収録=『からくり灯籠 五瓶劇場』)

大坂の地に夜な夜な歌舞伎衣装の百鬼夜行の行列が出るという。並木五八(後の並木五瓶)はこの謎を解き明かし、芝居に乗せようと決意する――。
〈五瓶劇場〉シリーズ第2作を歌舞伎台本にしたもの。「実は虚となり、虚は実となる」という台詞が全て。時代伝奇であっても芦辺作品の核は不変。
『からくり灯籠 五瓶劇場』の題で纏められた並木五瓶を主人公とする時代伝奇〈五瓶劇場〉シリーズ。これを読んで「芦辺ワールド=歌舞伎の世界」と確信したんですよね。今年刊行の『鶴屋南北の殺人』は本シリーズを深化させたものと見るのは間違いですかね?

「からくり島の秘宝」
 書き下ろし

倶利伽羅島を訪れた少年少女探偵の3人と新島ともか。〝からくり島〟と呼ばれるこの島には秘宝伝説があって――。
〈ネオ少年探偵〉、16年ぶりの新作。長編になるものを短編化したため駆け足気味なのが残念です。余裕があれば色々盛り上がったんだろうなぁ……。
芦辺先生の仕事で忘れていけないのは、ジュヴナイル分野での活躍でしょう(本シリーズ、名作リライト、入門書『少年少女のためのミステリー超入門』を執筆)。ミステリー読みに限らず本読みが一人でも多く生まれるといいですよね。

スタンドアローンな探偵たち」
生み出したキャラクターたちを愛しているのが良く分かります。芦辺ワールド最強のキャラクターである保瀬七郎警部への言及がなかったのは残念でした(森江らと共演経験がるので、スタンドアローンではないということかな?)。

名探偵総登場 芦辺拓と13の謎

名探偵総登場 芦辺拓と13の謎

  • 作者:拓, 芦辺
  • 発売日: 2020/12/11
  • メディア: 単行本