笹沢左保『江戸の夕霧に消ゆ 追放者・九鬼真十郎1』(徳間文庫)★★★

笹沢の時代小説では〈木枯し紋次郎シリーズ〉が有名だが、個性的なキャラクターが主人公のシリーズは他にもある 。このシリーズもその一つで、ある事件を起こして北町奉行遠山景元に重追放(死罪、遠島に次いで三番目に重い刑罰)を言い渡され、愛犬シロと各地を放浪する浪人・九鬼真十郎が行く先々で巻き込まれた事件を解決するというもの。示現流の遣い手である九鬼真十郎は「信ずれば、必ず裏切られる」が口癖で、犬は信用するが人は一切信用せず、いつもカツオブシをしゃぶっている――というキャラクターだ。
本書は1978年8月に桃園書房から刊行された第1集の文庫版。
「江戸の夕霧に消ゆ」(初出=『月刊小説』1977年6月号)
 天保十一年四月半ばの昼下がり。示現流の遣い手で、江戸中の町道場を回って草鞋銭をもらい生計を立てている九鬼真十郎は、芝神明宮の境内で三人の浪人者に絡まれていた旗本・向坂五郎衛門の妻を救った。三日後、向坂の家来が口止め料を持参して訪れるが、真十郎は受け取りを拒む。ある日、腰巾着の清吉から情婦のお仲が親友の国友作之進と密通していると聞くが、真十郎は一笑に付す――。
 真十郎が重追放された経緯を描いた第一話。紋次郎との違いを出すためとはいえ、カツオブシをしゃぶらせるのはいかがなものかと思います(笑)。
「街道の青い鬼」(初出=『月刊小説』1977年7月号)
 金沢宿の旅籠屋「毛利屋」の若旦那・徳平と娘分・お袖から用心棒を依頼された真十郎。五十日前から上諏訪の南から金沢の南にかけての信州街道筋に出没する“青い鬼”と呼ばれる殺人鬼を斬ってほしいという――。
 動機に関する伏線が貼られていたら完璧なのになぁ。惜しい。初読時、「実は両性具有者だった」という真相を予想していました(笑)。あの後、三人はどうなったんでしょうね……。
「地獄の声か娘たち」(初出=『月刊小説』1977年8月号)
 木曾街道を往く真十郎とシロは暴れ馬を鎮めたのが縁で、三千五百石の旗本・宗方左馬之介の用人、折原武太夫と知り合った。十八年前に養子に出した宗方の双子の娘の片方、美琴改めお花を捜すため塩尻宿に来た折原は候補者を三人に絞ったが、次々殺され途方に暮れていた。被害者たちが卯之吉という名を言い残して死んだことから彼が捕らえられるが、殺された時刻、別の所で目撃されていた――。
 不可能犯罪ものかと思いきや、こういう展開を見せるとは。それにしても、わざわざ言いに行かなくてもいいのに……(笑)。
「さすらいの狼」(初出=『月刊小説』1977年9月号)
 木曾街道は上松の西で野宿していた真十郎とシロ。早朝、滝に向かい剣を振り、水の流れを切断する凄腕の浪人と知り合った。男の名は名栗一兵。本所亀沢町の男谷道場で修業をしていたが師・男谷信友を破ったため道場に居づらくなり、武者修行の旅をしている。彼は編み出した技を試すため、街道筋で乱暴狼藉を働いている三留野の徳治郎一家を試し斬りに行くという――。
 剣の道に生きる男の末路を描いた一本。ミステリ趣向は皆無だが、収録作の中で一番好き。
「むらさきの姫君」(初出=『月刊小説』1977年10月号)
 野州(栃木県)、日光北街道を往く真十郎とシロは国定忠治と知り合った。忠治によると、この三、四日のうちに今市の近辺で人が二人もキツネに咬み殺されているという。雑木林で男に襲われていたお市を助けた二人は、彼女から“むらさきの姫君の祟り”について聞く――。
 ミステリ趣向がある収録作の中で、本作がベスト。真十郎の名探偵ぶりが際立っている一本。
「恐怖の村祭り」(初出=『月刊小説』1977年11月号)
 江戸と上州を除く関東一円、信州や上州を荒らしまわっていた盗賊の一団「闇の七福神」が上州に現れ、少女を惨殺した。上州の田舎道を往く真十郎とシロは、女壺振りのお夏と道連れになる。大国村に入ると、真十郎は名主の伝兵衛から村を闇の七福神から守ってほしいと依頼される――。
 冒頭から真十郎がキレッキレの推理を披露し、クライマックスで剣技の冴えを見せる水準作。